内閣総理大臣 小泉純一郎殿・内閣官房長官 安倍晋三殿
文部科学大臣 小坂憲次殿・外務大臣 麻生太郎殿
防衛庁長官 額賀福志郎殿・法務大臣 杉浦正健殿
教育基本法並びに、日本国憲法第9条及び第20条の誤った「改正」に反対する声明
1945年の敗戦から今日までの60年間を振り返るとき、わが国は、日本国憲法(1946年11月公布)及び教育基本法(1947.3.31公布施行)のもとで平和国家としての道を歩む土台をもちながら、一方で平和憲法を侵食しつつ、旧日本への回帰に向かって突き進んできました。「祝日に日の丸・君が代をすすめる通達」(1950年、文部省)、「建国記念の日を2月11日とする政令公布」(1966)、5度にわたる「靖国神社国家護持法案」の国会提出(1969-1973)と衆院本会議での単独可決(1974)、三木首相(1975.8.15)にはじまる首相の「靖国参拝」の再開と継続、定着化の流れ、「元号法」法制化(1979)、「戦没者を追悼し平和を祈念する日(8月15日)」(1982)の閣議決定、政府自民党の「靖国神社公式参拝を合憲とする党見解」(1984)、閣僚の靖国参拝について「政教分離規定に反しない公式参拝を可能とする答申」(1985藤波官房長官談話)、宗教法人法改正(1995)、昭和館の建設(1999開館)、「日の丸・君が代」法制化(1999)、イラク戦争への支持と参戦(2003)、有事関連三法の法制化(2003)、小泉首相の5度目の靖国参拝(2004)等々、憲法の三大原理(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)を破り続けることの繰り返しの歴史でした。
そして回帰の総仕上げとも言うべく、2005年5月11日、文部科学省は、教育基本法改正案の「仮要綱案」を与党検討会に提出しました。更に同年10月28日、連立内閣の政府自民党は、結党50周年を節目として「新憲法草案」(以下、草案と略)を発表しました。
私たち日本キリスト改革派教会「中部中会」は、わが国が戦前の時と同じような過ちを再び繰り返さないために、教育基本法並びに、日本国憲法第9条及び第20条の誤った「改正」に反対することを表明いたします。
1.教育基本法を壊すことは、憲法の精神を壊すことである
戦前のわが国は、旧憲法を実現する手だてとしての教育勅語を中心とする天皇制教学体制の下、盲目的に国民に天皇制価値体系の注入を強要してきました。国民は天皇の民として、忠君愛国の名のもと、無条件、無批判的に天皇制国家主義・軍国主義教育を強要されました。
戦後の教育改革は、天皇主権から国民主権への転換とあいまって、天皇を国民道徳と国民教育の中心にすえた旧来の教育勅語体制の誤りを根底から批判することから出発しました。
教育基本法(以下、教基法と略)は1947年3月、その前年に公布された日本国憲法(11.3)と不可分の法律として制定されました。教基法の前文は、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」ではじまります。そして「ここに日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する」と結ばれています。
即ち教基法は、日本国憲法の理想を実現することは、「根本において教育の力」によってのみ可能であるとの明確な認識を示しています。
わが国においては、教育の憲法、あるいは準憲法と言われている教基法が正しく生かされている状態こそが、憲法の平和主義に関する法秩序が正しく保たれている状態であると言えます。
従って、日本国憲法の理念を壊すために、その実現の手だてとしての教基法もあわせて壊そうとする政府の悪しき策動は、わが国とわが国に生きるすべての者の未来に不幸をもたらす以外の何ものでもありません。
私たちは、このような誤った「改正」を認めることは決してできません。
2.憲法第9条2項の削除は、この国を再び戦争をする国へと引き戻すことである
憲法第9条全体を貫く「戦争の放棄」は、敗戦国日本が、新日本建設の出発にあたり国民に対して公約した条項です。日本は、連合国との間で平和条約を締結(1952)することにより、国際社会への復帰を果たしました。そこにおいて日本は、国際紛争を平和的手段によって解決することを受諾し、第9条をもって、平和条約の誠実な遵守を世界に向かって公にいたしました。
しかし、今、日本は60年の間、日本を「戦争の惨禍」から守ってきた平和憲法を捨てて、国際紛争を解決する手段として武力の行使を選択できる国になろうとしています。
何よりも私たちが、驚きを覚えてやまないのは、現行憲法「前文」の基調を貫いている先の戦争への真摯な反省、即ち、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」との文言が、「草案」前文では跡形もなく削りとられていることです。
「草案」2章は、再び同じ過ちを繰り返さないようにと、自らに縛りをかけてきた戦後日本の縛りを解いてしまっています。「戦争放棄」を定めた9条1項は現行通り維持されてはいるものの、「戦力の不保持・交戦権の否認」をうたった2項は削除され、新たに「自衛軍の保持」が書き込まれました。そして自衛軍の任務については、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」とし、海外での武力行使をも可能とする内容となっています。
国家が交戦権を持つならば、基本的人権も国民主権も正しく保障されることはありません。基本的人権の中枢である信仰と礼拝の自由が最も踏みにじられるのは、有事(戦争)の際です。生ける神から授けられた信仰と礼拝の自由は、国家権能といえども奪いとることは許されません。国家がこれを侵すことは、国家が生ける神に反逆する罪を犯すことです。
真の「平和主義」を掲げる第9条は、1項と2項が一体であることによって実効性を持ち、世界の平和に寄与できるものとして成り立っています。憲法の根幹をなす第9条2項の削除は、第9条によって培われた国際社会からの信頼を失わせ、この国を再び戦争をする国へと引き戻すことになります。
3.「草案」20条3項は、政教分離の原則をほごにし、天皇制への回帰をもたらすものに他ならない
「草案」20条3項は、「国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない」と定めています。
戦前、戦中を通し、わが国は自国民だけでなくアジアの諸国民にも天皇の神社、靖国神社を中枢とする神社参拝を強要しました。アジアの国々の中で、最も徹底的に参拝が強要されたのは、当時の朝鮮国でした。そのとき日本の国家が用いた論理がまさに「国家儀礼」(神社非宗教論)でした。草案では「社会的儀礼」となっていますが、やがてこれは戦前の「国家儀礼」と同じような中身に変わることを、私たちは危惧します。
何よりも国家がわきまえなければならないことは、国家には「社会的儀礼又は習俗的行為」の定義をくだしたり、それらを「超える」か否かの範囲を決める権能など授与されていないということです。旧憲法においても「信教の自由」は名目上、認められていました。しかし実際は、絶対天皇制の枠内でしか許容されていませんでした。20条3項が「草案」にとって換えられるならば、憲法で定められた「政教分離の原則」は、実質的にわが国から消滅したも同然となります。
「草案」前文には、「象徴天皇制は、これを維持する」という文言が新たに加えられています。憲法の三大原理は、この後に退けられています。これでは「象徴天皇制」の方が、「不変の価値」(「草案」)であるはずの三大原理よりも上位にあることになります。また三大原理が、天皇制という枠組みの中でしか保障されていないことを示しています。
私たちは、人間の中には、「宗教の種」が刻み込まれていることを知っています。国家を含め如何なる者も、この「宗教の種」を消し去ることはできません。まして国家には、この「宗教の種」を天皇制によって色づけする権能など授けられていないことは明らかです。
このような改正がなされるならば、国家の考え方に合わない信仰、思想に生きる者への弾圧に至ることは戦前のわが国の歴史が証言している通りです。その時には、憲法の三大原理は、天皇制民主主義(天皇制主権在民)、天皇制基本的人権の尊重、天皇制平和主義へと変えられてしまうことになります。
私たちは、政教分離の原則をほごにし、この国に生きるすべての人々にとって、最も重要な人権である信教の自由、思想、良心の自由を奪い、天皇制への回帰をもたらすこのような誤った「改正」を決して認めることはできません。
歴史の支配者なる生ける神を信じる私どもも、先の侵略戦争に妥協し、加担、協力した罪の負い目を負っています。しかし、神の御子、主イエス・キリストによって罪を赦された私たちは、今こそ「殺すな」「平和をつくりだす者は、幸いである」との神の御言葉に聴き従います。仮に、私どものキリスト信仰をおかす立法化がなされるなら、私たちは、この国のために、また私たちの同胞とこの国で生きるすべての人々を真に愛するがゆえに、これに従うことを拒否します。
私たちは、日本国憲法の三大原理を尊重し擁護します。そして、日本に、そして世界に平和を実現する道を、生ける神のみ言葉の宣教を通し、広く、志を共有する人々と共に歩みます。
「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。」 (新約聖書 使徒言行録 第5章29節)
主の2006年4月11日 宗教法人 日本キリスト改革派教会 中部中会
議 長 大 西 敏 雄
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