【特別伝道集会説教】  辻 幸宏牧師

「あなたは孤独ではない~
~心の渇きを満たす聖書のことば~」  ルカ19章1~10節



ルカによる福音書19章1~10節
  19:1 イエスはエリコに入り、町を通っておられた。 2 そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。 3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。 4 それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。 5 イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」 6 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。 7 これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」 8 しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」 9 イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 10 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」



序.
 本日は、大垣教会の特別伝道集会に、ようこそおこし下さり、心から感謝いたします。今回のテーマを「あなたは孤独ではない~心の渇きを満たす聖書のことば~」としました。

Ⅰ.「人」とは
 一言で「孤独」といっても、現代社会においては、孤独を覚えている人々は様々です。家族がいない天涯孤独な人、家族を捨てて自ら孤独なった、病気によって孤独を覚えている人、社会的に阻害されて孤独を覚えている人、不登校の子供たち、働くことの出来ない人・・。ここには「うつ」や「パーソナリティー傷害」と精神的な病気を煩っておられる方もいるかと思います。つまり一言で「孤独」といっても、十人十色、百人百色です。
 しかし共通していることが一つあります。一人で、あるいは数人の交わりしかなく、不安であり、生きる希望を見いだせないのです。漢字で「人」という字は、互いに支え合っている姿であることが紹介されます。つまり孤独とは、本来必要である、支えるべき人がいないため、希望を持つことが出来ない人々です。
 しかし、「人が支え合う存在である」ことは、聖書が語ることでもあります。神さまは、最初に天地万物を六日間で創造されました。そして最初の人アダムが主なる神さまによって創造された時、神さまはすでに人が独りで生きるものではなく、助け手が必要なものとされたのであり、この時に神さまが男に与えたのが女です(創世記2:18~24)。男と女は互いに助け合う存在、異なった本質を持ち、補い合うことにより一つの働きが成し遂げられるように、創造されたのです。ですから、人格と人格が交わる恋愛、そして家族をつくることは、人を孤独から解放するものであることを聖書は語ります。同時に聖書は、無秩序な男女の関係を「姦淫」として裁かれるのであり、秩序正しさも求めているのです。

Ⅱ.本当の価値
 従って、恋をすることは「孤独」から解放する大きな手段であることには間違いないのです。しかし恋愛だけでは、孤独に関わるすべての問題を解決することなど出来ません。社会的な孤独、病気、死の恐怖など、いろいろあります。
 ルカによる福音書19章に、ザアカイについて記されています。彼が結婚して家族がいたのかどうかを聖書は記しません。しかしそのことはどちらでも構いません。しかし彼は孤独でした。人々から罪深い男と呼ばれていたことからも明かです(7)。それは彼が徴税人だったからです。
 当時の徴税人は、ユダヤ人から税金を取り立て、それをローマに納めていました。従って徴税人であることだけでも、人々からは売国者と見なされていたのです。そればかりか、ローマに納める分にいくら上乗せして人々から取り立てるかは、彼ら自身の自由に任されていたのです。つまり多くの者が、必要以上の取り立てを行い私腹を肥やしていたのです。また、エリコという町は、ヨルダンとエルサレムを結ぶ交通の要所であり、ナツメヤシなどの産物をローマに輸出していることもあり、徴税人にとっては他の町以上に莫大な収入にありつけたのです。ですから、エリコの徴税人の頭であったザアカイは、権力を持ち、さらに贅沢な暮らしをしていたのです。その反面、人々からは嫌われ、孤独だったのです。
 このザアカイに対して、主イエスは「ザアカイ」と呼びかけて下さいます。主なる神さまであるイエスさまは、ザアカイを知っておられます。主イエスは、ザアカイの名前ばかりか、彼がどの様にして権力の座に着き、財を蓄え、さらには人々から嫌われるようになったいきさつもすべてご存じなのです。これはザアカイに対してだけではありません。今日、この教会に来られている一人一人も、主なる神さまはご存じであられ、今まで歩んできた過去の行い・言葉・心をすべて知っておられるのです。
 主イエスがザアカイに「急いで降りて来なさい」と語られましたが、単に目線を下げイエスさまの前に出て来るように語られたのではありません。彼にとっては背の低いことがコンプレックスであったわけで、木の上に登り、いわば下駄をはくことにより、コンプレックスから解放されていたのです。しかし木から下りることにより、コンプレックスを持っているありのままの自分の姿で立つことが求められるのです。つまり、主なる神さまであるイエスさまの前に立つ時、背丈が小さいことだけではなく、徴税人という権力、犯してきた罪のすべてが明らかにされるのです。
 しかし同時に、自分の姿をさらけ出したザアカイの前に、主イエスも立っていて下さいます。イエスさまは、神の御子、救い主であるお方であり、天に属されているお方です。しかしイエスさまは、人として、しかも徴税人や罪深いとされていた人々の所にまで降りてきて下さったのです。そして主イエスは、コンプレックスを持っている者、苦しみ悲しみを覚えている者、希望を見いだせない人と共によりそって下さり、そのすべてを知っていて下さいます。
 そしてザアカイは、主イエスの御前に立った時、主なる神さまの持っている本当の御力、義・聖・真実がはっきりと示されたのです。それはザアカイ自身が持っていた権力・地位・お金といったものが、主なる神さまの真実に比べれば、取るに足らない者であり、無に等しいものであることが強烈に示されるということです。そして自らが築き上げたものには価値がなく、主なる神さまにこそ真理があり、永遠の生命、つまり本当の価値があることが示されたのです。

Ⅲ.信仰と悔い改めによって与えられる希望
 つまりザアカイは、自らの内で主の御前には何の価値もない権力・富を持つことにより、自らで孤独という壁を築いていたことに気付いたのです。そして周囲にいる人々と同じように、自らの罪が示され、主なる神さまによる救いが必要であることが示されたのです。ザアカイは、この時初めて自ら築いた孤独から解放されて、永遠の生命をお与え下さる主なる神さまとの豊かな交わりが与えられたのです。
 「孤独」、それはいろいろな形があることを最初に述べましたが、実はその多くは、自らの持っている権力や富など欲望、自我の故です。天涯孤独と呼ばれるような人であったとしても、人との交わりを拒絶しているのは、自らの自我の故です。天涯孤独という人は、家族がいる人たちへのコンプレックスです。
 だからこそ、ザアカイが主イエスの前に降りて来て、自ら持っていた権力欲・富の欲望・劣等感から来る虚栄心を捨てたように、私たちも、自ら持っている欲望や自我・虚栄心を捨てなければなりません。そしてすべてを捨てて、ありのままの自分の姿で主イエスの御前に立つ時、主イエスがすべてを受け入れて下さり、共に歩み、支えとなっていて下さることが示されるのです。こうして「孤独」から解放され、主と共に主の恵みに生きることが出来る者とされるのです。
 なぜならば、主イエスがこの世に来てくださったのは、この私たちの持っている欲望・自我・虚栄心といった罪を、十字架において贖ってくださるためであったからです。だからこそ、主なる神さまを信じ、主なる神さまと共に生きることにより、この世における歩みの時ばかりか、天国における永遠の生命においても、主なる神さまとの豊かな交わりに生きることが出来、喜びに満たされるのです。これが、イエス・キリストに対する信仰であります(参照:小教理86)。
 この時、ザアカイは今までの自らの姿を顧み、自らの罪を悔い改め、今まで不正に築き上げた富を人々に返します。そしてなおも必要以上に持っている者を、持っていない者に分かり与えることを約束します。主なる神さまが共にいて下さり、生きる喜びが与えられる時、人は、今まで侵し続けてきた自らの罪を悔い改め(小教理87)、ありのままの自分をさらけ出して生きることが出来る者とされるのです。権力も富も劣等感も捨て、最初に神さまが人を造られた時に、互いに助け合う者として造られたように、互いに助け合い、分かち合うものとなるのです。これは、主なる神さまとの豊かな交わりが与えられると同時に、周囲にいる人々とも、互いに持っているものを提供することにより、互いに不足を補い合うことにより、一つの共同体を満たし、生きる希望が与えられていくからです。ここにこそ、本当の生きる喜びがあり、主なる神さまの恵みに生かされていることを知ることが出来るからです。


                                              (2010.5.30)


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