教会規程第3部  礼拝指針   (1953年10月22日 第8回大会定期会)
            改正 1967年 第22回定期会
                 1975年 第30回定期会
                2009年 第64回定期会(全改)


まえがき

1 礼拝および教会活動の指針(以下、礼拝指針と略す)は日本キリスト改革派教会の憲法であって、他の憲法、すなわち、ウェストミンスター信仰基準、政治規準、訓練規定と同様、教会及び教会役員に重んじられる教会的文書である。
2 礼拝指針は、日本キリスト改革派教会の礼拝と教会活動のあり方を示し、教会の諸活動を推進し、教会員の霊性と敬虔の向上をめざしている。
3 礼拝指針は、多様な教会活動、特に礼拝の現実と関わるので、それぞれの教会の礼拝や教会活動の方向性を示している。
4 大・中会、各個教会、および教師をはじめ教会役員は礼拝指針をさまざまな領域において適用するため、学習し、解説して、礼拝指針の趣旨の徹底をはかる。


前文 神のわざと民の応答

 神は、わたしたちを御自身の民として選び、交わりを求め、礼拝と活動を通して御自身に奉仕するように召しておられる。したがって、わたしたちは教会生活とキリスト者個々の信仰生活を吟味して、すべての者が神の命令に従う神の僕として生きることができるようにされる。
一、キリスト者の礼拝は、父・子・聖霊なる神御自身と、神がわたしたちとわたしたちの救いのためになしてくださった事柄とに依拠し、またそれらへの応答としてなされるものである。神はわたしたちを招き、臨在し、御言葉と礼典を通して救いの恵みを提供し、教会員ひとりひとりを弟子として世に派遣される。わたしたちは賛美・告白・感謝・祈願・服従などの行為によって神を深く心に留める。
 わたしたちは、礼拝の時と場所を定め、信仰・希望・愛および献身を共にする信者の群れとして公的に神を礼拝する。また、キリスト者は、個人および家族として神を私的にも礼拝する。わたしたちは、日々の生活において、自分自身を聖なるささげものとしてささげ、キリストの体の一部として礼拝するのである。
二、教会活動は、神の恵みに対する応答であり、聖書に示されている神の御意志への服従としてなされるものである。教会活動は、神の御言葉の宣教と証しおよび愛と憐れみの業により行われる。わたしたちは、この世の終わりまで、この奉仕を通して、神の国の進展と神の御旨の実現を追求し、祈り求めるのである。


第一部 神礼拝

T 御言葉と礼典による主の日の礼拝

  第1章 主の日

第1条(安息日としての主の日)
 わたしたちの主イエス・キリストが死者の中から復活されたことを記念して、使徒時代以来、週の初めの日を主の日と呼び、キリスト教の安息日として守り続けている。

第2条(主の日の恩恵性)
 神は恵みの手段である、聖書、特に説教、礼典、祈りによって、主の日を祝福し続ける。

第3条(主の日の聖別)
 神は、七日のうちの一日を、キリスト者が主の御前にきよく過ごし、主の御栄光のために用いる日として定められた。それゆえ、終日、主の招きに応じて、ふさわしくない娯楽を慎しみ、やむを得ない場合を除き、主の日の労働を避けるように努める。

第4条(主の日のための準備と配慮)
 すべてのキリスト者は、主の日を迎えるために準備する。また、日々の生活を整えて、神への礼拝と主の日にふさわしい生活が妨げられることのないようにする。
2.教会は、やむを得ず、主の日の集会を守れない者のために適切な配慮をする。

第5条(主の日と神の民の特権)
 主の日に、神への公的礼拝にあずかることは、キリストが求めておられる奉仕であり、すべての神の民の特権である。

第6条(公的礼拝に招かれるもの)
 公的礼拝にあずかることを願う者は、民族・人種・階級・出身・性別・障がい・職業・年齢などいかなる理由によっても排除されることはない。


  第2章 公的礼拝の司式者(司会者)

第7条(司式者の役割)
 公的礼拝の司式は、牧師の務めである。ただし、各個教会の事情を考慮し、長老や教会員も公的礼拝の司式に当たることができる。司式者は、祈りや礼拝で使用する聖書個所朗読のために準備をし、その役割の重要性を心に留める。

第8条(司式者の態度)
 司式者は、神への畏れ、真実、敬虔を保ち、慎しみをもって司式を行なう。


  第3章 公的礼拝の規定

第9条(公的礼拝の要素)
 公的礼拝は、御言葉による招きと祝福(祝祷)、神の民の音楽と歌唱による賛美・祈り・信仰の告白・罪の告白と赦しの宣言・聖書朗読・神の御言葉の説教・ささげもの・洗礼と聖餐の礼典の執行、報告(公的告知)などからなり、御言葉にしたがい、さまざまな礼拝の要素をもってなされる。

第10条(公的礼拝の順序)
 礼拝指針は、これら礼拝の諸要素の順序については定めない。牧師または宣教教師(以下、牧師)が、小会と協議のうえで(以下、伝道所の場合、小会に関する規定は宣教教師が遂行する)、公的礼拝の諸要素の順序と配分に責任を持つ。
2.牧師と小会は、礼拝に関する聖書の教え・改革派長老派教会の伝統・教会の必要と特別な事情・礼拝指針の指示に注意を払う。

第11条(礼拝書・礼拝式文の使用)
 礼拝書・礼拝式文は、この礼拝指針に則って作成される。礼拝に責任を持つ者はその使用を拘束されないが、礼拝の執行にあたっては、礼拝式文に表現されている理念や伝統を考慮する。

第12条(教会暦と特別礼拝の日)
 教会の礼拝において、わたしたちの主イエス・キリストの降誕・死・復活・昇天・再臨や聖霊の降臨を覚える機会が提供されることは適切である。
2.また、教会の伝統を覚える日・使命を宣言する日・任務を促進する日・伝道を覚える日に、特別な礼拝を行うことはふさわしい。


  第4章 公的礼拝への出席と礼拝中の行動

第13条(神礼拝への準備)
 神礼拝には、祈り・黙想・聖書の学び・肉体の休息による準備が必要である。礼拝する者は、主の日の特権と責任をおぼえ、神の恵みを期待しつつ、備える。教会員は、牧師のために祈り、会衆のうえに神の祝福を願い求める。

第14条(礼拝出席)
 礼拝する者は、神の招きに応じて、集う時が定められる。それは、すべての者が初めから出席して、神の民としての一致をあらわし、礼拝のどの要素においても心を一つに結び合わせるためである。
2.牧師と小会は、公的礼拝に、子どもたちも家族と共に出席するように勧め、子どもも礼拝できるプログラムを検討する。終生、キリストの臨在を喜びとして、礼拝に出席するように教育する。

第15条(礼拝前の祈祷)
 礼拝する者は、会堂(礼拝室)では、敬虐な態度で席に着き、黙祷をもって自分自身・牧師・礼拝奉仕者・すべての出席者・また欠席者のために祝福を祈って備えをする。

第16条(礼拝出席の態度)
 公的礼拝に出席する者は、神の御前にふさわしい態度で臨み、畏敬の念をもって礼拝にあずかるようにする。


  第5章 礼拝への招き

第17条(招詞)
 すべての人は礼拝に招かれている。牧師は礼拝に人を招くために、ふさわしい御言葉を、聖書から選ぶようにする。あるいは、神の招きに応じて、挨拶の言葉をもって始める。


  第6章 罪の告白と罪の赦しの宣言

第18条(罪の自覚)
 礼拝するものは、アダム以来の罪と神に対する反逆を自覚し、罪の意識を明確にし、人々の罪深さを嘆き、自らの罪を悔い、悲しみ、赦しを求める。

第19条(罪の告白と赦しの宣言)
 司式者は、礼拝者に罪の告白をするよう促がし、赦しの確かさを伝える職務を自覚し、ふさわしい定式を使用し、彼らが聖霊に導かれるように、適切な表現で罪の赦しを宣言する。


  第7章 聖書の公的朗読と傾聴

第20条(聖書の公的朗読と傾聴)
 公的礼拝においてなされる聖書朗読の傾聴は、礼拝の重要な要素の一つであるから、聖書朗読者は祈祷と共に、よく準備して朗読する。

第21条(聖書朗読の範囲)
 聖書箇所の選択と朗読の範囲は、牧師の判断にまかせられる。牧師は、会衆が聖書朗読をとおしてその使信全体を十分に聞き取ることができるように配慮する。

第22条(聖書日課の使用)
 礼拝で用いられる聖書章句の選択は自由になされてもよいが、その導きとなる聖書日課(ペリコーペ)を使用することは有益である。


  第8章 公的礼拝における詩編歌と賛美歌の歌唱、および音楽

第23条(詩編歌と賛美歌)
 キリスト者は、公的礼拝において、詩編歌や讃美歌その他、礼拝にふさわしい歌を歌うことをもって神を賛美する。

第24条(公的礼拝における音楽)
 教会における音楽は、神への礼拝に仕えるためのものである。音楽の賜物をもって仕える者はよい準備をして奉仕する。牧師と小会は音楽奉仕者のために配慮する。

第25条(牧師の指導と小会の責任)
 牧師は、詩編歌や賛美歌および音楽が礼拝全体と調和するように指導する。また、牧師と小会は、音楽担当者と聖歌隊に対して責任を持ち、会衆が礼拝に十分にあずかるために必要な備えをする。
2.詩編歌と賛美歌は、会衆の祈りであり賛美である。会衆が理解をもって歌うことができるように、礼拝で歌う歌は前もって知らされることが望ましい。

第26条(音楽の賜物)
 音楽の賜物を持つ者が礼拝の音楽を指導する場合、牧師と小会の監督のもとで行なう。

第27条(礼拝における楽器)
 楽器は、礼拝にあずかる会衆の賛美の助けとなるので、歌と共に用いられる。牧師と小会は楽器の使用にあたっては、楽器の種類を適切に選別する。


  第9章 公的祈祷

第28条(公的祈祷の定義)
 公的祈祷は、礼拝において、会衆を代表し、また、会衆のためになされる。公的祈祷をささげる者は聖霊の啓明を求め、御言葉との関連で、会衆の必要をおぼえて祈りをささげる。

第29条(公的祈祷の導き手としての牧師)
 教会の礼拝において牧師が公的祈祷を導く。牧師は、適宜、祈りを導く者を指名することができる。

第30条(牧師の態度)
 説教と同様、公的祈祷のために事前に準備し自らを整えることも牧師の義務である。牧師は、神とのまじわりの生活・聖書に対する精通・祈りに関する良書の研究・黙想によって、祈りの賜物が与えられるように努める。さらに、公的礼拝で祈りをささげる時、牧師は、心を静め、思いを整え、公的祈祷の重要さを低めることなくむしろ礼拝者の益となるように、品位と礼節をもってこの務めを果たす。

第31条(会衆の態度)
 公的祈祷がささげられている間、礼拝者は祈祷する者に心を合わせる。

第32条(公的祈祷の要素)
 公的祈祷には、賛美・感謝・悔い改め・罪の告白と赦しの確信・祈願・とりなし・ささげもの(献身)などの要素が含まれる。
2.牧師は、会衆が特に必要としていることを祈る。
3.公的祈祷の中で、主の祈りを参考にして祈ることも有益である。

第33条(公的祈祷の順序)
 牧師は、教会と教会員の霊性に必要な祈りを神にささげるために、祈りの内容と順序に配慮する。

第34条(公的祈祷の要素の内容)
 賛美においては、神の創造と摂理の御業・イエス・キリストにおける明白で完全な啓示・聖霊の御業において知らされているままに、神の栄光と完全性をあがめる。
 感謝においては、神の一般的な憐れみ、特別な憐れみ、霊的な憐れみ、この世における憐れみについて、特に、救い主であり主であられるキリスト・イエスとキリストのうちにある永遠の命について、神に感謝と賛美をささげる。
 悔い改めと罪の告白においては、神と隣人と自分自身とに対して犯したすべての罪は悪であり、生まれながらの罪深い性質と実際に犯した罪、善を行わなかった罪を、神に対して悔い改め、真摯に認める。そして、イエス・キリストによる罪の赦しを願い求める。
 また、赦しの約束においては、キリストの十字架の贖いによる、罪の赦しを確信し、終末におけるからだのよみがえりを信じて教会員とともに希望に生きることを願う。
 祈願においては、聖霊の注ぎ・神との平和とその平和によりもたらされるすべての実・神に従順であるために必要な恵みが豊かに与えられること・試みにおける支えと慰め・この世における必要な祝福をイエス・キリストを通して熱心に願い求める。
 とりなしにおいては、他の者たちのために願いをささげる。すなわち、キリストの見える王国である公同の教会のために・人間社会の益のために・神から政治的権威を託されているすべての者のために、とりなしの祈りをささげる。
 ささげもの(献身)においては、キリストにあるものがみずからを聖なる供え物としてささげ、御国進展のために、神の御業にあずかるように決心し、祈る。

第35条(主の祈り)
 キリストがその弟子たちに教えられた主の祈りは、会衆による公的祈りとしても用いられる。また、三要文として知られる、使徒信条、十戒、主の祈りを用いることは公的礼拝に適切である。


  第10章 御言葉の説教

第36条(御言葉の説教と牧師)
 御言葉の説教は、人の救いのために神が定められたもので、主イエスの御言葉に仕える卓越したわざの一つである。牧師は、真理の御言葉を正しく解釈し、説教の務めに勤勉に励み、恥じるところのない働き人であることを証しする。

第37条(説教の目的)
 説教の目的は、聖書の教えを明らかに示し、礼拝者に適用することである。そのため、説教においては、聖書を説き明かし、今の時代の人々がその使信を理解できるように語られなければならない。

第38条(説教者の心得)
 説教には、研究・黙想・祈りが必要である。牧師は、不謹慎な即興的演説にふけったり、安易な自己主張、軽薄な知識をもって努力なしに神に仕えたりすることなく、聖霊の導きを求めつつ、慎重に説教の準備をなし、福音の単純性を保ち、すべての人が理解できるような言葉で、会衆への愛をもって説教する。

第39条(説教と牧会)
 牧師は説教と牧会の務めが不可分であるゆえ、牧会している信徒の魂を常に配慮しつつ、説教するように努める。また、牧師は、説教において語る福音を自らの生活をもって飾り、言葉と行いにおいて信者の模範となるように努める。

第40条(公的礼拝における説教)
 主の日の公的礼拝においては、説教が中心的位置を占め、最も重んじられる。しかし、説教が礼拝を独占すべきではない。

第41条(説教者の依頼)
 中会により派遣される場合を除き、説教者は牧師と小会が招く。

第42条(説教の研鑽)
 説教に求められる重要性のゆえに、説教者は相互に研鑽することによって説教の向上に努める。また、各個教会と中会は牧師の研修に便宜を図るように努力する。

第43条(信徒の御言葉の奉仕)
 牧師と小会の承認のもとで、長老、あるいは相応しい教育を受けた信徒は御言葉に奉仕できる。

第44条(説教者を欠く礼拝)
 恒常的に説教者を欠く礼拝においても、説教はなされるべきであるから、責任ある教師の指導に基づいて、録音された説教、書かれた説教の朗読、その他の方法が用いられてもよい。

第45条(説教を聞く態度)
 説教を聞く者は、聖霊の助けを求めつつ、心からの聴従に導かれるように祈り求める。


  第11章 ささげものによる神礼拝

第46条(ささげものの教え)
 聖書の教えによれば、神が万人万物の所有者であって、わたしたちは生命と所有物との管理を託されている。さらに、神はわたしたちのために御自身の御子をお与えくださり、イエス・キリストは御自身の命を献げ、罪と死に打ち勝って復活された。ささげものは、この御父と主キリストへの感謝と献身のしるしであり、キリスト者の自発的な礼拝行為の一つである。

第47条(礼拝における献金)
 ささげものの具体的方法は献金である。公的礼拝において、献金をもって神とキリストへの感謝と献身を表す。礼拝者のささげものは、ふさわしく用いられるよう適切な祈りと共に受け入れられる。また、このとき、執事的な配慮を要する事柄についての執り成しの祈りがささげられることは適切である。


  第12章 報告

第48条(報告)
 教会行事、諸集会、特に礼拝への招き、大・中会、教会役員会の決定の通達、献金の奨励等は、礼拝者を教会の交わりと活動への参加を促し、その祝福へ招くものである。牧師と小会は礼拝時に会衆に報告すべきことをあらかじめ用意する。


  第13章 祝福・祝祷と派遣

第49条(祝福・祝祷)
 牧師は、礼拝にあずかった者を、この世に再び派遣するにあたり、神の祝福を求め、ふさわしい聖書の言葉を選択し、あるいは適切な祈りをささげ、神の祝福を宣言し、礼拝を閉じる。


  第14章 洗礼の礼典

第50条(洗礼の礼典の執行者)
 洗礼の礼典は、任職された御言葉の教師が執行する。


第51条(洗礼の礼典の場)
 洗礼は、公的礼拝において執行されるべきである。ただし、小会の判断により、洗礼を公的礼拝以外の場所で執行する必要がある時は、牧師に加え、治会長老が少なくとも一名は同席することが望ましい。(伝道所の場合は、宣教教師に加え、教会員が少なくとも一名は同席することが望ましい)。

第52条(洗礼の形式)
 洗礼には水だけが用いられる。その執行の仕方、洗礼盤の常備などは、牧師と小会の判断に委ねられる。


一 幼児洗礼

第53条(親の義務と特権)
 洗礼のために子を差し出し、それによって信者とその子に対する神の契約の約束を求めることは親の義務であり特権である。それゆえ、幼児洗礼を願う親は出生後適当なときに小会に申し出る。

第54条(教会のまじわりの中での幼児洗礼)
 幼児洗礼は、キリスト教会のまじわりの中でのみ行われる。そのため、子の受洗を願い出ることができるのは、信者である片親あるいは両親に限る。
2.そのような親がいない場合、子に対する責任を持つ信者が受洗を願い出ることができる。その信者は、その子にキリスト教養育をほどこす責任を引き受ける。

第55条(幼児洗礼の教え)
 幼児洗礼にあたって、牧師は、この礼典の性質と意味を教える。
 すなわち、
・洗礼は主キリストによって制定された聖なる礼典であること、
・キリストに結ばれ、その死にあずかり、復活の命に生きるしるしであること、
・旧約のもとにおいてアブラハムの子孫に割礼の特権が与えられていたのと同様に、福音のもとにおいては信者の子孫に洗礼の特権が与えられていること、
・キリストがすべての民に洗礼を授けるよう命じられたこと、
・キリストが「神の国はこのような者たちのものである」と言われて幼児を祝福されたこと、
・福音の約束は、信者ばかりではなく、その家族に与えられていること、
・使徒たちも家族の洗礼を授けたこと、
・わたしたちは生れながらに罪と汚れのある者であり、キリストの血と聖霊のきよめが必要であること。

第56条(親への勧め)
 牧師は親に対して、次のような義務を果たすように勧める。
 すなわち、
・子が神の御言葉である聖書を読むように教え励ますこと、
・旧新約聖書にあるキリスト教教理を教えること、その際、わたしたちの教会の信仰規準であるウェストミンスター信仰告白・大小教理問答および、参考として、ハイデルベルク信仰問答やジュネーブ教会信仰問答などを用いること、
・子と共に、子のために祈ること、
・子の前に信仰と生活の模範を示すこと、神の定められたあらゆる恵みの手段を用い、主がしつけ諭されたように子を育てることに努めること。

第57条(親の誓約の言葉)
 牧師は親に対して、次の誓約を求める。
@あなた(がた)は、あなた(がた)の子に、イエス・キリストの血による罪の赦しと、聖霊による生まれ変わりの恵みが必要であることを、認めますか。
Aあなた(がた)は、あなたがたの子のために神の契約の約束を信じ、求めますか。
 また、あなた(がた)は、自分のためになすように、この子の救いのためにも、ただ主イエス・キリストに依り頼みますか。
Bあなた(がた)は、今、あなた(がた)の子を全く神にささげますか。あなた(がた)は、謙虚に神の恵みに依り頼み、あなた(がた)の子の前に敬虔の模範を示し、この子と共に・またこの子のために祈り、教理を教え、また主がしつけ諭されたようにあなた(がた)もこの子を育てるように努めることを、約束しますか。

第58条(授洗)
 その後、子の名前を呼んで次のように言う。
「契約の子〇〇〇〇、御父と御子と聖霊の名によって洗礼を授ける。」
 牧師はこれらの言葉を唱えながら、子の頭に水を注ぐことによって洗礼を授ける。その他、いかなる儀式をも付け加えない。

第59条(勧告)
 牧師は、洗礼を授けられた子が教会の一員であることを宣言する。また、牧師は親と教会とに対し、この子に霊的養育をほどこすように勧告する。親と教会は、この子がイエス・キリストを主また救い主と告白するように、神の導きを祈り求める。

第60条(祈り)
 この子とすべての教会の子どもたちおよび家庭のために適切な祈りをささげて、式を閉じる。


二 成人洗礼

第61条(信仰告白による洗礼)
 洗礼を受けていない者が洗礼を願い出た時、小会は、志願者の信仰と生活に関して試問する。小会により承認された者は、信仰と服従の決意を公に告白し、その後に洗礼を授けられる。小会は、信仰を告白し洗礼を授けられた者に対して、聖餐の礼典にあずかることを認め、各個教会の陪餐会員として登録する。

第62条(成人洗礼式)
 小会により承認された者は、公的礼拝での洗礼式において、会衆の前に導かれる。そして、牧師は、以下のような順序により司式をする。
(1) 司式者は洗礼を願い出た者について、小会が試問した結果、キリストを救い主として受け入れるとの信仰を言い表し、今や洗礼と聖餐への招きにふさわしい者とされたことを紹介する。
(2) 次に、洗礼を願い出ている者に対して、次の誓約を求める。
「あなたは、次の信仰を告白し、誓約をしなければなりません。これにより、あなたは、キリストとキリストの教会との厳かな契約の中に入ります。
 @ あなたは、天地の造り主、唯一の生けるまことの神のみを信じますか。
 A あなたは、自分が神の御前に罪人であり、神の怒りに値し、神の憐れみによらなければ望みのないことを、認めますか。
 B あなたは、主イエス・キリストを神の御子また罪人の救い主と信じ、救いのために福音において提供されているキリストのみを受け入れ、彼にのみ依り頼みますか。
 C あなたは今、聖霊の恵みに謙虚に信頼し、キリストの僕としてふさわしく生きることを、決心し約束しますか。
 D あなたは、最善をつくして、教会の礼拝を守り・その活動に奉仕し・教会を維持することを、約束しますか。
 E あなたは、日本キリスト改革派教会の政治と戒規とに服し、その純潔と平和とのために努めることを、約束しますか。
(3) これらの誓約がなされた後に、洗礼を授け、祈りをささげ、次の宣言をする。
 「あなたは、今ここに信仰を告白し洗礼を受けま した。それゆえ、あなたは、神の教会のすべての特権を与えられ,聖餐の礼典にあずかることができます。」
(4) 新しい陪餐者と会衆に対して課せられている厳かな義務の重要性について簡潔な勧告をなし、式全体を終える。


  第15章 信仰告白

第63条(教会の配慮)
 教会員の家庭に生まれた子あるいは養子とされた子は、各個教会の配慮のもとに置かれる。教会の子どもたちは、神を愛し主イエス・キリストに従い仕えるように教えられる。親と小会は、分別年齢に達した子に対して、生まれながらの権利によりあるいは養子とされたことにより教会の子どもであること、また、キリストへの信仰を人々の前で公に告白し聖餐の礼典にあずかることを求める義務と特権があることを熱心に思い起こさせる。
2.牧師と小会は、崩壊している家庭・親のいない子・教会生活に加わることを奨励しない親や保護者の子に対して牧会的配慮をする。

第64条(信仰告白のための教育)
 教会の子どもの信仰教育については、特にわたしたちの教会が採用している教理問答書を用い、主の祈り・使徒信条・十戒・礼典についての知識と理解を豊かにされることが望まれる。
2.子が分別年齢に達するその年齢を規定することはできない。その判断は、小会に任せられる。小会は、信仰告白を願い出た者のキリストに対する信仰と従順について、注意深く吟味し判断する。
3.さまざまな障がいを持つ者に関しては、小会は個別に判断する。

第65条(信仰告白と陪餐)
 幼児洗礼を受けている者が信仰告白を願い出た時、小会は、志願者の信仰と生活に関して試問する。
小会により承認された者は、信仰と服従の決意を公に告白する。この告白は、特別な理由がないかぎり、公的礼拝においてなされる。小会は、告白した者に聖餐の礼典にあずかることを認め、各個教会の陪餐会員として登録する。

第66条(信仰告白式)
 小会により承認された者は、公的礼拝での信仰告白式において、会衆の前に立ち、牧師は、以下のような順序により司式をする。
 すでに洗礼を受けている者であることを紹介し、小会がイエス・キリストに対する信仰について試問した上で承認し、今や信仰の家において契約の約束の相続に関するあらゆる特権と責任を持つにふさわしい者であることを述べる。
(1) 次に、陪餐会員になることを求めている者に対して、次の誓約を求める。
  「あなたは、次の信仰を告白し、誓約をしなければなりません。これにより、あなたは、キリストとキリストの教会との厳かな契約の中に入ります。
 @ あなたは、天地の造り主、唯一の生けるまことの神のみを信じますか。
 A あなたは、自分が神の御前に罪人であり、神の怒りに値し、神の憐れみによらなければ望みのないことを、認めますか。
 B あなたは、主イエス・キリストを神の御子また罪人の救い主と信じ、救いのために福音において提供されているキリストのみを受け入れ、彼にのみ依り頼みますか。
 C あなたは今、聖霊の恵みに謙虚に信頼し、キリストの僕としてふさわしく生きることを、決心し約束しますか。
 D あなたは、最善をつくして、教会の礼拝を守り・その活動に奉仕し・教会を維持することを、約束しますか。
 E あなたは、日本キリスト改革派教会の政治と戒規とに服し、その純潔と平和とのために努めることを、約束しますか。」
(2) これらの誓約がなされた後、祈りをささげ、次の宣言をする。
  「あなたは、今ここに信仰を告白しました。それゆえ、あなたは、神の教会のすべての特権を与えられ、聖餐の礼典にあずかることができます。」
(3) 新しい陪餐者と会衆に対し、課せられている厳かな義務の重要性について簡潔な勧告をなし、式全体を終える。


  第16章 聖餐の礼典

第67条(聖餐の礼典の執行者)
 聖餐の礼典は、任職された御言葉の教師が執行する。

第68条(聖餐の定義)
 聖餐の礼典は、主の晩餐とも呼ばれ、聖霊において、キリストの現実的存在が約束され、証印される。陪餐者は、キリストの苦難による願いの恵みと、復活の主との交わりを得、主の再臨を待望する。

第69条(予告と準備)
 聖餐式は、少なくとも執行される一週間前には、会衆に対して予告される。執行の際あるいはそれ以前の他の機会に、すべての者がこの聖なる祝宴にふさわしくあずかれるように、聖餐の礼典の性質についての教えと適切な準備のための勧めがなされる。

第70条(聖餐式の回数と機会)
 聖餐式は、しばしば行うことが望ましいが、聖餐式の回数と機会は、各個教会の小会が定める。牧師が不在であっても、代理の牧師、あるいは、小会は、同様に配慮する。

第71条(聖餐式の準備)
 聖餐式の準備は、牧師の任務であるが、牧師は、それを執事、あるいは適当と思われる教会員に委ねることができる。

第72条(聖餐式の形式)
 会衆が着席したままか、聖餐卓の周りに集まって守るか、あるいは、パン、杯を掲げるか、掲げないとか、ぶどうジュースかあるいはぶどう酒かの選択、その種類など、執行の形式は、礼典執行者の判断にまかされる。

第73条(病者のための聖餐式)
 小会は、病床にある教会員からの願いがある時、訪問して聖餐式を執行することができる。そのような場合、牧師と、治会長老あるいは執事が、少なくとも一名は同席する(伝道所の場合は、宣教教師と、教会員が少なくとも一名は同席する)。

第74条(上位の教会会議における聖餐式)
 上位の教会会議は、会議期間中、あるいは、会議の決定で、信徒たちが集う集会の際に、聖餐式を執行することができる。

第75条(配餐者)
 パンと杯は、(小会において現職であるなしにかかわらず)教師または治会長老が会衆に配る。配餐するのに十分な人数の治会長老を欠く教会では、牧師と小会は、配餐の奉仕のために執事またはその他の教会員を指名することができる。

第76条(制定の御言葉と招き)
 聖餐式にあたって、牧師は、福音書またはコリントの信徒への手紙第一、11章から制定の御言葉を朗読する。また、制定の御言葉から、あるいは、ウェストミンスター信仰基準やハイデルベルグ信仰問答書などを用いて、この礼典の性質と意味を適切に説明し、教える。
 すなわち、
・聖餐は、主が再び来られる時まで守り続けるように主御自身が主の教会に命じられた聖なる礼典であること、
・この礼典は、主が十字架で死ぬことによって御自身をささげられたことをいつまでも覚えるためのものであること、
・この礼典にあずかることを通して、主の贖いと復活のすべての恵みが真のキリスト者に保証され、今も生きておられる主にあって霊的に与えられること、
・この礼典は、主との交わりおよび主の体としての交わりの絆であり保証であること、
・この礼典の豊かな恵みにあずかる者は、再び来られる主に対するすべての義務に、感謝と希望のうちに喜んで励むこと
2.次に、牧師は、主イエス・キリストに信頼し、自らの罪を悔い改め、キリストに従う者として生きることを新たな思いで誓うすべてのキリスト教会の陪餐会員を、この礼典にあずかるように招く。
3.また、牧師は、聖餐にあずかれない者が同席している場合、礼拝が終わるまで陪席し、聖餐の意味の教えを受けるように、特に勧めをなすことが望ましい。

第77条(配慮)
 パンと杯は、聖餐卓の上に置く。牧師は、キリストの死と復活を記念する祈りと感謝をささげて二つの品を聖別し、聖霊がこの礼典を神の民の祝福のためにきよめてくださるように願う。
 祈りの後、パンを取り、次のように唱えながら陪餐者の前でパンを裂き、配餐する。
 「わたしたちの主イエス・キリストは、引渡された夜、パンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、わたしが今イエスの名によってこのパンをあなたがたに与えるように、弟子たちに与えて言われた。
 『取って食べなさい。これは、あなたがたのために(裂かれた)わたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』」
 パンが与えられた後、杯を取り、次のように唱え、配餐する。
 「わたしたちの救い主は、杯も同じようにして、感謝の祈りを唱え、今イエスの名によって渡すように、杯を弟子たちに渡して言われた。
 『この杯は、罪が赦されるように、多くの人のために流される、わたしの血による新しい契約である。皆、この杯から飲みなさい。』」

第78条(陪餐者の態度)
 配餐の間、陪餐者は、神との交わり・罪の告白・感謝・とりなしをささげ、主との契約を新たな思いで覚えながら時を過ごすことがふさわしい。

第79条(聖餐式の結び)
 配餐がすべて終わったとき、感謝の祈りをささげる。その後、詩編歌または賛美歌を歌い、聖餐式を終えてもよい。

第80条(聖餐式に際しての特別な献金)
 聖餐の礼典とともに、貧しい者への献金やその他の目的のための献金を特に献げることは適切である。小会が機会を定めて、献げることがふさわしい。



U 様々な機会に行われる礼拝

  第17章 週日の公的礼拝

第81条(週日の公的礼拝)
 各個教会は、小会の指導の下で、祈祷会など、週日に祈りと賛美と御言葉のために定期的に集まる時を定め、礼拝をささげ、聖書と教理を学び、信徒の交わりをする。

第82条(週日の公的礼拝の内容)
 この礼拝にふさわしい内容は、詩編歌や賛美歌を歌うこと・祈りをささげること−特に祈りを必要としている人のために教会による特別なとりなしをささげること・聖書の朗読と教え・教会員を奉仕に促す奨励・海外宣教や国内伝道や執事的働きなどわたしたちの教会による福音の証しに関する研究・愛餐会などの主キリストにある交わりである。


  第18章 断食の日と感謝の日

第83条(断食の日と感謝の日)
 神の摂理による特別な事情がある時に、断食の日や感謝の日を守ることは、聖書的であり、またふさわしいことである。

第84条(範囲)
 断食や感謝は、個々のキリスト者・家庭・各個教会・近隣の諸教会・中会内の諸教会・大会内の全教会によって守られる。守る時と範囲を決める判断と自由は、それぞれに任されている。

第85条(断食の日)
 断食の日には、この日を守ることを必要とした事柄について、厳かな祈りと具体的な罪の告白のために、普段よりも多くの時間を費やし、祈りをもって過ごすべきである。

第86条(感謝の日)
 感謝の日には、この日を守ることを必要とした事柄について、時宜に適った感謝をささげ、詩編歌や賛美歌を歌うことのために、普段よりも多くの時間を費やすべきである。


  第19章 個人礼拝と家庭礼拝

第87条(私的礼拝の祝福)
 神を私的に礼拝することは、キリスト者およびその家庭の祝福である。牧師や小会は常に教会員にその実行を勧める。

第88条(個人礼拝)
 個人礼拝は、わたしたちの主によって命じられている。すべてのキリスト者が、祈り・聖書を読むこと・きよい黙想・真剣な自己吟味をもって、個人礼拝の時を持つべきである。個人礼拝を忠実に実践している者は豊かな恵みを受ける。

第89条(家庭礼拝)
 家庭礼拝は、すべてのキリスト者家庭が毎日行い、祈り、聖書を読み、研究し、詩編歌や賛美歌を歌い、聖書日課、教理を学ぶなど、神を具体的に覚える方法をもって礼拝をささげる。

第90条(家庭における記念日)
 誕生日その他の祝いの日、故人の記念日など、家庭における記念の日に、家庭で礼拝をささげ、ふさわしい集まりを行なうことは大きな益がある。牧師は、教会に属する家庭を配慮し、指導する。


  第20章 結婚式

第91条(神的制度)
 結婚する者は、結婚が、創造の時に神により立てられた神的制度であることを覚え、祝福を願い求める。

第92条(結婚への配慮)
 牧師は、結婚を願う教会員に必要な情報を提供したり、相談を受けるなど、ふさわしい配慮を行なう。

第93条(婚約式)
 結婚を決意した者たちは、それを公表し、また、結婚の備えをするために婚約式を行なってもよい。牧師は婚約にあたって適切な指導を行なう。


第94条(牧師による指導)
 牧師は、結婚を願っている者たちに、ウェストミンスター信仰告白第二四章と礼拝指針本章に示されているわたしたちの教会の結婚観を教える。牧師は、結婚に関するすべての重要な側面について助言するとよい。牧師は、二人の一致の基礎として、理解・忍耐・寛容・悔い改め・赦しというキリスト教的恵みを増し加えていくように励まし、キリスト者家庭を建設するために堅い土台を据えることを助言する。

第95条(結婚式)
 結婚する者は、主にあって結婚すべきであるから、結婚式は、礼拝をもって、御言葉と祈りと祝福のうちに行う。司式は、通常、任職された御言葉の教師が行う。結婚するキリスト者は、結婚に関する義務について神に誓約することが求められる。

第96条(結婚式の準備)
 結婚は、結婚式に先立ってあらかじめ公表されるべきである。司式者は、結婚式の前に次のことを確認する義務がある。
@結婚に関する国家の適切な法律に従うこと、
A自らで選択できる分別年齢に達していること。未成年者の場合は、両親あるいは保護者の事前の同意があること、
B主にある結婚について理解が一致している者の上に神の祝福の約束があること、
C主にある新しい関係に入る準備として、必要な教育がなされていること。

第97条(結婚式の内容)
 結婚式に含まれなければならないのは、聖書に示されている主にある結婚の本質についての教え・二人とその新しい生活のための祈り・夫婦となる結婚の誓約・結婚により二人が一体とされたことの宣言・司式者によるこの結婚に対する神の祝福の宣言である。
2.その他の要素については、司式者の決定に従う。結婚式で用いる音楽は、結婚を聖別される神の御栄光をたたえるものであるべきである。このことは、列席者が歌う詩編歌や賛美歌に関しても当てはまる。

第98条(離婚の防止)
 牧師は、極めて盛大な牧会的責任として、結婚により一体とされた夫婦が無思慮な離婚を防ぐため、祈りと助言を尽くす。


  第21章 教会の葬儀諸式

第99条(神礼拝としての葬儀)
 葬儀は、神礼拝であり、御言葉による慰めにあずかり、神への賛美と祈りのうちに行う。司式は通常任職された御言葉の教師が行う。

第100条(葬儀の目的)
 葬儀の目的は、神の民が礼拝において、聖徒の交わり・体の復活・永遠の命を信じる信仰を証しすること、主にある慰めと励ましが特に遺族に対して与えられること、故人の上に注がれた神の恵みを列席者と共に思い返し、丁重に遺体を葬ることである。
2.したがって、死者のために祈ること、死者に供えものをすること、死者に語りかけることなど、異教的慣習を避けるように、牧師は注意を払って執り行う。

第101条(葬儀の内容)
 葬儀にふさわしい内容は、適切な詩編歌や賛美歌の歌唱・聖書の朗読・説教による御言葉の説き明かしと適用・主への感謝と福音の希望を含む祈り・遺族のためのとりなし・すべての列席者のために信仰と恵みを願うことなどである。

第102条(葬儀の諸式)
 葬儀の諸式(前夜式・火葬式・埋骨式など)は、遺族の希望を聞いたうえで実施する。牧師はこれらの諸式を、詩編歌、賛美歌・御言葉の朗読と説教・祈りなどによる神礼拝をもって行う。

第103条(記念会)
 遺族は、故人をおぼえ、記念会を行ってもよい。牧師は記念会の実施について遺族と連絡をとり、助言する。



第二部 教会の活動

  第22章 伝道活動

第104条(福音の伝道の重要性)
 福音の伝道は、教会の重要な活動である。教会は、すべての人に、キリストを救い主と信じ、悔い改めて万物の主であられるキリストに服従するように招く。キリストが救い主であるとの真理は、全世界と世界中の一人ひとりに伝えられる。

第105条(福音の伝道の実行者)
 教会の福音伝道を実行するのは、教会と教会員である。また、牧師と小会は、各個教会のあらゆる伝道活動を指導する責任を負っている。
2.教会員一人ひとりは家族・学校・職場・地域社会などの人間関係においてキリストを証しするように導かれ、福音伝道の任務を実行する。

第106条(伝道活動の方策)
 教会は、さまざまな手段を用いて、福音の伝道の方策を開拓する。

第107条(教育的伝道)
 福音の伝道は、聖書と教理に関する教育を伴う。牧師と小会は、子どもや青年への伝道をはじめ、様々な世代に対する教育的伝道に対して責任を負っている。
2.中会、大会は教育的伝道を推進するための諸方策を会議に提案し、実行する。


  第23章 キリスト者の訓育と教会学校

第108条(キリスト者の訓育)
 キリスト者の訓育とは、信者とその子たちを信仰と生活において教え導くことである。

第109条(教育プログラムと教材)
 キリスト者の訓育の基本的な教材は、旧新約聖書とウェストミンスター信仰基準および、参考としてハイデルベルグ信仰問答やジュネーブ教会信仰問答などである。教会は、聖書を教える教育プログラムを選択し、わたしたちの教会の信仰規準をはじめ、主要な教材を備える作業を行う。大会と中会は、親と教会に用いられる適切な教材を推薦する。

第110条(訓育の場としての家庭)
 信徒の訓育は、家庭において始まり、家庭において継続される。家庭において、親と子たちは、聖霊の助けにより、福音が示され、イエス・キリストを救い主と信じ、服従するように訓練される。
2.伴侶が未信者の家庭にあっても信徒は子たちのために祈り、家族の理解を得て、子たちに聖書を教える。

第111条(子に対する親の責任)
 子どもの訓育に関して責任を負う者である親は、ふさわしいやり方で、聖書と教理問答を子どもに教える。

第112条(教会の教育活動)
 各個教会のすべての教育活動は、小会の管理の下に置かれ、牧師が指導する。また、小会は、教材と教育活動が適当なプログラムに沿っていることを確認し、教育のための適切な働き人、施設と備品が備えられるよう配慮する。

第113条(教会教育組織)
 小会は、教育活動を実践するために(広義の)教会学校と諸団体などの教育機関を組織する。教会学校は、日曜学校(教会学校や聖書学校などとも称してもよい)・聖書教室・教理学級・女性会・青年会・男性会・修養会(名称は各個教会の自由に任される)などからなる。教会学校にふさわしい活動は、礼拝・教育・まじわり・献金・祈り・奉仕などである。

第114条(日曜学校の管理者)
 小会は、日曜学校校長を選任する。校長は、牧師の同意を得て日曜学校教師を小会に推薦し、小会はこれを任命する。校長は、牧師の監督の下、教師とともに日曜学校を運営する。小会は、必要なふさわしい教師が立てられるように絶えず祈り、周到に準備し、また教師が適切な教育活動を行えるように継続的に訓練する。

第115条(日曜学校教師)
 日曜学校教師は、信仰歴、動機、人格、才能、教育的理想、キリスト者品性の向上と、授業の熟練への熱心などにもとづいて選任される。その働きのためには一定の訓練が要求されるが、教会はその機会を備えるように配慮する。日曜学校教師はその務めの重要性をよく認識して、周到な準備をし、誠実に励む。


  第24章 教会における教会員の活動

第116条(すべての教会員の義務)
 すべての教会員は、教会員の誓約を建徳的に守るために、次のことを行う義務がある。すなわち、礼拝に規則正しく出席すること、教会の維持のために最善を尽くして献金すること、教会の活動に努めて参加すること、教会会議と委員会活動への協力が求められたときには積極的にこれに応じること、教会の教育活動に従うこと、家庭において家族と共に祈り・聖書を読み・感謝をささげること、日々の生活において救い主キリストへの信仰をさまざまな方法で証しすることなどである。

第117条(教会内外での特別な賜物を用いた働き)
 すべての教会員は一人ひとり神からそれぞれ豊かな賜物を与えられている。教会において、その賜物を用いて主に仕える。また牧師と小会は、そのために励ましを与える。
2.教会は、社会において、特別な資格をもつキリスト者に、教会においてもその賜物を生かすように励ます。また、医療、福祉、保健その他の領域で重荷を持つ人々のわざを奨励する。


  第25章 任職を必要としない教会の職務

第118条(任職を必要としない教会の職務)
 神は、教会役員に任職される者のほかに、ある教会員を教会の特別な専門的奉仕をするように召される。

第119条(教会会議による指導)
 このような職務に召されている自覚が与えられた教会員について、教会会議は、適切な助言と指導を与えたうえで誓約させ、職務に就かせる。


  第26章 財と賜物の管理

第120条(財と賜物の管理)
 御父である神はすべての人とすべての物の所有者であられ、わたしたちは生命と財の管理者にすぎない。
2.キリスト者は、神がすべての生命と財の主権者であられることを認めて、自分自身とその賜物を適切に用い、神に献げる。また、その財を教会およびこの世の両方において用いるために、神に献げ物として差し出す。神に喜んで献げる者は、約束に従って神から豊かな霊的恵みにあずかるようになる。

第121条(教会役員の責任)
 牧師と教会役員は、聖書に啓示されている通り、神が万物の所有者であられることを教会員に教える責任がある。すべての教会員は、神から与えられた収入の一部をささげ、その恵みを神に帰するように、励まされる。教会員が喜んで自発的に献げる心を広げるように、執事は特に努力をする。

第百二十二条(ささげものとその目的)
 キリスト者は、礼拝式順の中で、教会の活動のために、ささげものをすることをもって、神とキリストへの感謝と献身を表す機会を持つ。ささげものを求める場合、牧師と教会役員はその目的や祝福を説明する。
2.公的礼拝のささげものの他、適宜、教会の特別な活動と人々の特別な必要のために献金をささげる機会のあることが望ましい。これにより、教会員は、神が彼らとその財に対する所有権を持っておられることを再確認することができる。


  第27章 キリスト者の週日の働き

第123条(週日の働き)
 神は、すべての教会員を、その週日の働きをとおして神の栄光をあらわし、神に奉仕するように召しておられる。教会員は、週日の働きをとおしても、神への服従と主イエス・キリストに対する信仰を証しする。

第124条(職業)
 職業の選択の判断は、神の召命であるとの自覚から、自分の能力や関心に適合していること、その仕事が神の御旨に仕えるのにふさわしいこと、神の明白な摂理を受け入れることなどに基づいてくだされる。


  第28章 病者・遺族など特別な慰めや援助を必要としている者への奉仕

第125条(キリストの模範と命令)
 主イエス・キリストは、病者や遺族を訪問し、空腹の者を養い、貧しい者に仕えられた。それゆえ、教会は援助を必要としているあらゆる状態の人々と、聖霊の賜物・時間・財・生命を共にすることを求められている。

第126条(教会外での奉仕)
 キリスト者に託されている責任は、各個教会の枠をはるかに越えている。キリスト者は援助を必要としているすべての人に対して、キリストの御名において奉仕をすることである。

第127条(執事の任務)
 その職務の本性から、各個教会の執事会は愛の業を継続的かつ組織的に行う責任をもつ。助けを必要としている人々に対する愛の業において指導性を発揮することが特に執事に期待されている。

第128条(病者のための祈り)
 キリスト者は、それぞれの賜物に応じて、病気の人々の肉体的・霊的必要のために奉仕する。また、聖霊が良しとされる時と場所においていやしをなしてくださることを覚え、病者の回復といやしのために用いられる手段の上に神の祝福があることを信じて祈る。

第129条(病者の訪問)
 病者とその家族は、牧師に彼らの病気の状態を報告する。牧師と教会役員は、聖霊が人間の生命の危機をも用いて恵みをあらわしてくださることを覚え、病者を訪問し、特にその霊的益ために、病者とその家族に奉仕するように召されている。

第130条(遺族への奉仕)
 家族が亡くなった時、教会員は牧師に連絡する。牧師と教会は、遺族の霊的・物質的必要のために配慮する。また、牧師は遺族と共にふさわしい御言葉を読むことにより、教会役員は遺族と共に、また遺族のために祈ることにより、そして教会員は葬儀に出席することにより、遺族に対する慰めの務めを果たす。

第131条(障がいのある人への配慮)
 教会は、さまざまな障がいのある人が教会生活を妨げられることなく守れるように、会堂施設や援助の体制などを整えるように努める。

第132条(高齢者への配慮)
 教会は、高齢者が教会の交わりに積極的に参加できるように工夫をする。


  第29章 世にあるキリスト者の生

第133条(和解の務めの器としての教会)
 キリストが御自身の教会を、この世に、お建てになったのは、人々が御自分に仕えるようになるためであり、主の民が世にあって和解の務めの器となるためである。

第134条(世への派遣)
 御父が御子を世に遣わされたように、主キリストはキリスト者を世に遣わされているのであるから、キリスト者は、主イエスが世で生活されたように、与えられた賜物を生かして生活し、神が世を愛されたように、世を愛し、主が世に仕え、贖うために来られたように、世に仕える。

第135条(愛と義の証言)
 教会の王また頭であられる主キリストに対する最高の証しは、キリスト者が主の御命令に従い、主のゆえに隣人を愛し隣人に仕えることである。
2.教会は、言葉と行いによって、主イエス・キリストこそ人間社会の唯一の主でもあられることと、世の罪に対する神の義と愛を証しつつ、「御国を来らせたまえ、御心の天になるごとく地にもなさせたまえ」と祈り続ける。




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