トップ > 聖書日課 > バックナンバー(旧約)                 バックナンバー(新約
【今週の聖書日課】
  主なる神様が、天地万物を創造されました。創造主と被造物の関係を  
創世記1章 しっかり確認しましょう。            ウ信仰告白4章  
  神様は、人に命の息を吹き入れられました。また、神様は人が助け合  
創世記2章 う者として、男と女に創造して下さいました。   ウ信仰告白4:2  
  神様は人間と契約を結んで下さいました。しかしそれを破ったのは人  
創世記3章 間の責任です。そして罪の故の死が、人間にもたらされました。   
  カインはアベルを殺しました。しかし主は悔い改めるカインを赦して  
創世記4章 下さり、他の者から撃たれることがないようにして下さいました。  
  アダムからノアに至る系図です。人は子供を産み、死んでいきます。  
創世記5章 しかし主と共に歩んだエノクは天に移されました。  
  人の罪は増していきました。主は後悔され、地の全てを拭いさる決意  
創世記6章 をされました。しかし主はノアを選ばれ救って下さいました。  
  ノアは主の言葉に従いました。そして洪水が起こりました。主を信じ、  
創世記7章 御言葉に聞き従う人は、救われます。  
  神様は、ノアと家族・獣・家畜の全てを御心に留めて下さいました(1)。  
創世記8章 神様は、私たちの必要をご存じであられ、お聞き下さいます。  
  神様は、二度と全世界を洪水によって滅ぼすことはしないと契約をお  
創世記9章 立て下さいました。神様の契約は破られることはありません。  
  系図は、神様との繋がりを確認するものです。キリスト者は皆、神の  
創世記10章 子として、天国の命の書に名が記されています。  
  人は自らで神による救いを獲得しようとします。しかし人間にはそう  
創世記11章 いう力はありません。主の救いを享受しましょう。  
  アブラムは、主の御声に聞き従いました。私たちも主のお語り下さる  
創世記12章 御声に聞き従いましょう。  
  ロトは低地一体の地域を選びました。そこは潤っていましたが、邪悪  
創世記13章 で罪に満ちていました。見かけではなく、本質を確認しましょう。  
  サレム(平和の意味)の王メルキゼデクはアブラムを祝福し、ソドム(滅  
創世記14章 ぼされる:18章参照)の王は物質的にアブラムを崇めようとしました。  
  アブラムは主を信じ、主はそれを彼の義と認められたのです。目に見  
創世記15章 えるものではなく創造主・統治者である神様の約束を信じましょう。  
  女奴隷によるアブラムの子は、主の約束とは違いました。しかし主は  
創世記16章 女奴隷を顧みて下さいました。主は私たちの祈りを聞いて下さいます。  
  神様は大人のみならず子供も契約の内に入れて下さいました。私たち  
創世記17章 が小児洗礼を施すのも、一人の信仰の故に家族が救われるからです。  
  主には不可能はありません。信じましょう。  
創世記18章 また主は忍耐強く最後の一人が悔い改める時をお待ち下さっています。  
  主は約束されたことを果たされます。救いの約束を信じ、主の約束に  
創世記19章 従った歩みを行っていきましょう。  
  アブラハムも神様の前に罪を犯しました。完全な人間はいません。罪  
創世記20章 を繰り返します。その度に悔い改め、神様の救いに感謝しましょう。  
  主は約束通りサラに男の子をお与え下さいました。神様は約束を完全  
創世記21章 に果たして下さいます。疑わず信じましょう。  
  神様によって与えられたイサクをささげる二つの主の約束。アブラハ  
創世記22章 ムは主を畏れ、信じて、従いました。主は必要を満たして下さいます。  
  アブラハムはサラを丁重に葬りました。しかし希望は、墓にあるので  
創世記23章 はなく、キリストによる復活の体と永遠の生命にあります。  
  イサクはサラを妻に迎えました。人は神様による救いのみならず、伴  
創世記24章 侶を得ることにより助け合い、慰めを得ます。  
  主はアブラハムの子、イシュマエルも祝福されました。しかし主の祝  
創世記25章 福を受け継ぐのは、イシュマエルでもエサウでもなく、ヤコブです。  
  イサクはアブラハムと同じ過ちを犯しました(創12:13,20:2)。罪は忘  
創世記26章 れ繰り返されます。歴史を学ぶのは罪を繰り返さないためです。  
  一度引き渡された長子の権利(神の約束と祝福を含む)はその通り成  
創世記27章 就します。契約と誓約は守ることが求められています。  
  アブラハムへの神様の約束(12:1-3)は破られることはありません。ヤ  
創世記28章 コブの子孫を通して成就するように導かれます。  
  主は逃亡するヤコブにも逃れ場を準備して下さいました。私たちも試  
創世記29章 練にある時、主に委ね、歩むべき道を賢く選択しましょう。  
  ヤコブの11人の子供たちの誕生の次第です。そこには人間的な争いも  
創世記30章 ありますが、それをも主はイスラエルの祝福のために用いられます。  
  ラバンはヤコブとの約束を繰り返し破りました。人は、自分の都合が  
創世記31章 悪くなる約束を破棄しようとします。しかし主の約束は絶対です。  
  ヤコブは主からイスラエルという名を頂きます。その意味は「神と闘  
創世記32章 う」です。御言葉と祈祷により主の約束を求め続け主と戦い続けよう。  
  エサウはヤコブを許しました。私たちは、主から赦された者として、  
創世記33章 他の人たちの罪を赦し、受け入れる者となりましょう。  
  姦淫は大きな罪です。しかし和解すればその約束に従うことが求めら  
創世記34章 れます。それを破ったシメオンとレビも大きな罪を犯したのです。  
  イサクが死に、ラケルも死にます。しかし主の約束は、ヤコブからヤ  
創世記35章 コブの息子たちへと引き継がれていきます。  
  エサウの子孫がエドム人です。そして生まれたばかりのイエスを殺そ  
創世記36章 うとしたヘロデ大王は、イドマヤ人でエドム人の祖先です。  
  旧約の時代、主は夢を通して繰り返し御心を示して下さいました。ヨ  
創世記37章 セフがエジプトに売られたのも主の御計画が示された結果です(45章)。  
  ユダはタマルをだまし、タマルもユダをだましました。しかし主はユ  
創世記38章 ダの子ペレツの子孫にイエス様を定めて下さいました。  
  人は自分の欲望のままに人を陥れます。しかし神様は真実を知ってお  
創世記39章 られ、神の民を守り、支えて下さいます。  
  神様は夢を通して、御自身の御計画をヨセフにお伝えになられました。  
創世記40章 そしてヨセフが語る夢の解き明かすままに、夢は実現します。  
  ヨセフはエジプトで王の次の位に就きます。このことによりイスラエ  
創世記41章 ルがエジプトへ下る準備は整えられました。  
  人は神様の啓示がなければ先のことを知ることが出来ません。そのた  
創世記42章 めイスラエルはエジプトに身を委ねることとなります。  
  イスラエルは戻されていた銀を返しました(12)。神様は隠れたことも  
創世記43章 見ておられます。神様から頂いた正当な祝福に享受しましょう(大教理193)  
  ユダと兄弟たちはヨセフに嘆願し、自らの罪を悔い改めました。神様  
創世記44章 は真の悔い改めを行うことを求めておられます。  
  神様は御自身の御計画に従い、ヤコブが売られたことをも救いと祝福  
創世記45章 のために用いて下さいます(7,大教理18)。全能の神様を信じましょう。  
  ヤコブの家族は全員エジプトへ行きます。皆の名が記されているのは、  
創世記46章 アブラハムの子として神の子とされていることを確認するためです。  
  ヨセフはエジプトの国を取り仕切りました。キリスト者も、神様によ  
創世記47章 り召された者が政治を行うことは求められています。  
  神様はヤコブをイスラエル12部族の父として豊かに祝福して下さいま  
創世記48章 した。神様は私たちをも守り導き祝福して下さいます。  
  ヤコブは12人の息子たちを祝福しました。目下の者を愛し、祈り、祝  
創世記49章 福することは、目上の者に求められていることです(大教理129)。  
  人は神に代われません。神の摂理は人間の罪にまで及び、御自身の清  
創世記50章 い目的い役立つようにお用いになられます(信仰告白5:4)。  
  強制労働、重労働、苛酷な労働、さらには男児の殺害は、人間の罪が  
出エジプト1章 露わにされた状態です(第六戒違反)。  
  神様は、助けを求める叫びに耳を留められ、顧みて、御心に留めて下  
出エジプト2章 さいます。信じて祈り求めれば与えられます。  
  「わたしはある」とは、過去・現在・未来にあって、神様が永遠・不  
出エジプト3章 変・全能、自立自存の神様であることを語っています(大教理101)。  
  神様は私たちに賜物をお与え下さいます。過大評価することも問題で  
出エジプト4章 すが、過小評価することも罪です(4:10-14、第九戒、大教理145-31)。  
  私たちは主を試してはなりません(第三戒、大教理113)。また上に立つ  
出エジプト5章 者が人々に力にあまることを命じることは罪です(第五戒、大教理130)。  
  神様は主であられ、イスラエルを罪の奴隷から贖って下さったように、  
出エジプト6章 私たちを罪の奴隷から贖って下さいます(2-8、十戒序文)。  
  10の災いが始まります。@血の災い:血は、人の命を象徴するもので  
出エジプト7章 す。血を支配することが出来るのは、主なる神様です。  
  災い2。A蛙、Bぶよ、Cあぶ 主の御業は、魔術師によるごまかし  
出エジプト8章 ではありません。人間の頑なさと愚かさを覚えよう。  
  災い3。D疫病、Eはれ物、F雹 人間は自分の所有物を失うだけで  
出エジプト9章 は、自らの頑迷な心を受け入れることは出来ません。  
  災い4。Gいなご、H暗闇 人間は自分の生活全体に影響が及ぶこと  
出エジプト10章 により考えます。しかし自らの姿は顧みません。  
  災い5。I初子の死 人間の頑なな心は、自らの身に「死」の危険が  
出エジプト11章 示されなければ理解することは出来ません。  
  エジプト人には初子の死がもたらされますが、主はイスラエルを救っ  
出エジプト12章 て下さいます。その救いを覚えるため過越祭を守るようになります。  
  全ては神様から与えられており初子を奉献します。私たちも与えられ  
出エジプト13章 たものの内から、神様のもの(献金)を最初に取り分けておきましょう。  
  ファラオはイスラエルを逃したことを悔いて攻めて来ます。しかし主  
出エジプト14章 はイスラエルとの約束を守り、イスラエルを守り導いて下さいました。  
  主は守り導いて下さいます。主の栄光を称え、讃美の歌を唱えること  
出エジプト15章 により、救いと導きの感謝を献げましょう。  
  主はイスラエルをマナにより今日の糧をお与え下さいました。私たち  
出エジプト16章 も、毎日の糧が主によって与えられています。忘れず感謝しましょう。  
  人は主の御力を試します(大教理192)。しかし主はイスラエルを裏切ら  
出エジプト17章 れることはありません。主の御力を信じて、全てを主に委ねましょう。  
  神様は年長者に知恵を与え、良き解決法を授けて下さいます。私たち  
出エジプト18章 は、年長者を軽んじてはなりません。  
  「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」と民は答え  
出エジプト19章 ました。主を信じる者は主のしもべであり、御声に聞き従いましょう。  
  十戒が与えられました。主の戒めを、世における生活の中で、相対化  
出エジプト20章 して考えてはなりません。  
  律法の根本原理は裁きではなく罪の赦しです(十戒序文)。その中にあ  
出エジプト21章 って隣人の益を害する行為は大きな罪です(第六戒)。  
  神様の救いは、個人的なものではなく、信仰共同体に与えられていま  
出エジプト22章 す。だからこ隣人に対する罪は、裁かれるのです(信仰告白19:4)。  
  律法(十戒)に従うことは、生ける神様に従うことです。恐れて従うの  
出エジプト23章 ではなく、救いの感謝と喜び、畏れをもって従うのです。  
  イスラエルの民は契約の書を聞き「私たちは主が語られたことをすべ  
出エジプト24章 て行ます」と告白しました(大教理157)。御言葉に聞きましょう。  
  幕屋には、神様が住まわれ、民との会見の場です。事細かな指示がな  
出エジプト25章 されるのは、神様の住まいに相応しくしなければならないからです。  
  幕屋建設の指示は、中心の契約の箱と至聖所の中に続き、至聖所・聖  
出エジプト26章 所の骨組みの指示に移ります。  
  最後は、神様の場所と民の場所を隔てる庭であり、民が礼拝し生け贄  
出エジプト27章 をささげる祭壇の建設の指示がなされます。  
  幕屋建設の指示は、本体に続いて祭儀を行う祭司の服装に移ります。  
出エジプト28章 主を礼拝し主の御前に出る時、服装を整えることが求められています。  
  祭儀は聖別の油が注がれた祭司によって行われます。礼拝を取り仕切  
出エジプト29章 る牧師・長老・執事も按手により聖別されています。責任が伴います。  
  主は命の代償として献納物を求められます。これは幕屋を維持管理す  
出エジプト30章 るためです。献金は会堂維持のためにも用いられています。  
  主は幕屋建設に必要な賜物を持つ者を召して下さいます。また安息日  
出エジプト31章 厳守・礼拝厳守は、救いにある神の民に求められる重要なことです。  
  人はすぐに信仰が揺らぎます。そして代わりの神を作り出します。だ  
出エジプト32章 からこそ、主は七日毎に礼拝を献げることが求められています。  
  主はイスラエルと共にいて下さり、安息を下さいます。私たちは週毎  
出エジプト33章 に礼拝を献げることにより、このことを確認するのです。  
  主はイスラエルの罪にも関わらず、赦し、戒めを再授与して下さいま  
出エジプト34章 した。主は裁き主である前に、救い主であることを覚えましょう。  
  主は幕屋建設に必要とされる物質を満たし、またそれを用いて幕屋建  
出エジプト35章 設を行う技術者をお立て下さいます。祈れば、必要は満たされます。  
  主によって召されそれぞれの働きにつく者は、主から与えられた賜物  
出エジプト36章 を用いて主に仕えることが求められています。  
  技術者は、主の命令に従い、忠実に幕屋を建設していきます。  
出エジプト37章 25〜28章の主の指示と、35〜39章の幕屋建設の準備を比べましょう。  
  1アンマ=約45cm、1シュケル=約11.4gです。幕屋の大きさや規模を  
出エジプト38章 想像してみましょう。主が臨在される幕屋の壮大さが目に浮かびます。  
  イスラエルの人々は主がモーセに命じられたとおりに、すべての作業  
出エジプト39章 を行いました。主の祝福は、主の命令に従うことにより与えられます。  
  イスラエルは荒れ野の旅が続きます。宿営地に着く度に幕屋が設置さ  
出エジプト40章 れ、主の栄光が幕屋を覆い、満ちました。  
  幕屋で行われる主への礼拝の中心的な事柄は、献げ物を献げることで  
レビ記1章 す。そして献げ物は罪の悔い改めのしるしとして献げられました。  
  焼き尽くす献げ物は献身の表れであり(礼拝)、穀物の献げ物は、主が  
レビ記2章 養って下さる感謝のしるしとしてなされます(献金)。  
  和解の献げ物は、献げた礼拝者が食することが許されており、主との  
レビ記3章 交わりが与えられています(聖餐式)。  
  贖罪の献げ物は、罪の赦しの宣言であり、血による贖いが求められま  
レビ記4章 す。新約の今は、キリストの十字架が唯一の贖いです。  
  賠償の献げ物は、個々の罪に対する具体的な悔い改めを求める献げ物  
レビ記5章 です。悔い改めと従順が求められます。  
  各種の献げ物には施行細則が与えられています。私たちも礼拝の意味  
レビ記6章 をしっかり理解し、従うことが求められています。  
  献げ物、礼拝は、主が私たちの命じられ、求められている行為です。  
レビ記7章 創造主であられ救い主であられる主の御声に聞き従いましょう。  
  主への礼拝を司るために召された祭司は、その働きが主によって与え  
レビ記8章 られたことを任職による按手によって確認します(牧師・長老・執事)。  
  祭司のつとめは、献げ物による儀式を通して、イスラエルの民を贖う  
レビ記 9章 ことです。また祝福の祈りにより主の栄光が現れます。  
  祭司が主から求められている規定に従わないことは、大きな罪です(大  
レビ記10章 教理152,174)。牧師も聖礼典の執行において式文に従い行います。  
  主は私たちに聖く歩むことを求めておられます(44-45,大教理95,152)。  
レビ記11章 それは同時に主が私たちを守り導いて下さっていることを意味します。  
  女性が出産後汚れた者とされるのは、その期間家に留まることにより、  
レビ記12章 体の回復の時をお与え下さっていると考えることが出来ます。  
  疾患の疑いは祭司が診断と判断を下します。隔離するのは、これらの  
レビ記13章 皮膚病が伝染性であり民族全体に広がることを阻止するためであろう。  
  清めの儀式は、治癒に対する主への感謝であると同時に、民に対する  
レビ記14章 宣言でもあります。かびもまた人への伝染を恐れての処置であろう。  
  性器の疾病、これは「性病」と考えられます。主が汚れた者と定める  
レビ記15章 のは、罪とイスラエルの存続に関わる疾病だからです。  
  神様は御自身の方から、年に1度、祭司によって執行されるこの儀式を  
レビ記16章 通して、1年間の民の罪を取り除き、交わりを保証して下さいます。  
  献げ物は神様に行われることが必要です。他の事を行うために用意し  
レビ記17章 た物を神様に献げるために流用することは、許されていません。  
  第七戒「姦淫してはならない」の具体的な展開です。参照:創世2:18-  
レビ記18章 25、信仰告白24章、大教理137-139。  
  主は、完全に聖・義・真実な神様です。主の戒めに従うことにより、  
レビ記19章 私たちは罪から離れ、神様の愛をより深く知り、信仰が強められます。  
  神様によって決して受け入れられない罪(死にあたる罪)です。その中  
レビ記20章 心は偶像崇拝と姦淫です。人は二人の主人を持つことは出来ません。  
  祭司に関する規定が記されていきます。祭司は神様に仕える者として、  
レビ記21章 より厳格な規定が定められています。  
  主に献げられる物は、最上のかつ最善のものを準備しなければなりま  
レビ記22章 せん。主は、私たちを罪の奴隷から救い出して下さる神様だからです。  
  七日目(安息日→新約の主の日)は最も厳かな安息日、聖なる集会(礼拝)  
レビ記23章 の日です。過越・初穂・七週・角笛・贖罪日・仮庵は旧約の例祭です。  
  主は日毎の行い(私たちは聖書と祈祷)、週毎の献げ物を求め(献金)、  
レビ記24章 主への冒涜を強く禁じられています。  
  安息年・ヨベルの年は、イスラエルが神様の所有物であることの覚え、  
レビ記25章 神様の支配と救いを確認することが出来ます。  
  主は私たちが掟に聞き従うことにより永遠の生命の祝福が約束されて  
レビ記26章 います。また日々罪の悔い改めを待っていて下さいます。  
  十分の一献金が語られるのは、ここにおいて語られていることが根拠  
レビ記27章 とされています。献金は、救いと恵みの感謝のしるしとして献げます。  
  シナイの荒れ野において第1回目の人口調査が行われます(1-4章)。こ  
民数記 1章 の調査により、彼らがイスラエルに連なっていることを確認しました。  
  主が臨在される幕屋を中心に12部族が配置されます。私たちは常に、  
民数記 2章 主なる神様を中心に据え、日々歩み続けるのです。  
  祭司の務めを任じられた人以外の人が行う事を禁じられました。主は  
民数記 3章 働きを任じられた人に内的外的召命を与え賜物を備えて下さいます。  
  レビ人にはそれぞれの働きが授けられます。牧師・長老・執事にもそ  
民数記 4章 れぞれの働きが定められています。全てが揃い教会が形成されます。  
  汚れと罪の除去が求められます。今の私たちは悔い改めることにより、  
民数記 5章 キリストの十字架の贖いにより罪は赦されています。  
  誓願(信仰告白22章)は、神に対してのみなされなければなりません。  
民数記 6章 礼拝の祝福の祈りの前半は24-26節からのものです(後半 2コリ13:13)。  
  レビ人は、人々の献げたものにより、暮らしの保障がされました。牧  
民数記 7章 師を支えるのは教会員です。働き者・支える者双方に責任が伴います。  
  手を上(頭)に置く(按手)ことにより、レビ人は任務に就きます。牧師  
民数記 8章 ・長老・執事もまた、按手され、その働きに就いています。  
  人々は主の命令に従いました。信仰を持つとは、主の御声に聞き従う  
民数記 9章 事です。神様を信じて、全てを委ねて、聞き従いましょう。  
  イスラエルは第2年第2の月20日にシナイを出発します。契約の箱に臨  
民数記10章 在される主はイスラエルのただ中にいて下さいます。  
  人々はマナだけの食物に不満を言います。主は人々の嘆きを聞き遂げ  
民数記11章 民うずらの肉をお与え下さいました。しかし貪欲には裁きも伴います。  
  モーセの姉ミリアムと兄アロンは、自分たちも預言出来るように主に  
民数記12章 頼みました。しかし預言は主が召して下さった者だけが行うのです。  
  主は約束の地カナンに偵察隊を送ります。彼らはカナン人を恐れまし  
民数記13章 た。しかし私たちが信じ畏れるお方は主なる神様だけです。  
  人々は不平を叫びます。主を信じたのはモーセの他、ヨシュアとカレ  
民数記14章 ブだけです。しかし主はイスラエルを40年の荒野での生活を強います。  
  40年に渡る荒れ野の放浪が始まります。改めて主は人々に主への信仰  
民数記15章 と献身を表すための献げ物を求められます。  
  主は人々の悔い改めをいっも待っていて下さいます。しかし主に反逆  
民数記16章 することは、主による裁きがもたらされます。  
  罪を犯す者は直ちに裁かれ殺されます。しかし主は今私たちを生かし  
民数記17章 て下さっています。主の贖いに感謝し、悔い改めと信仰を告白しよう。  
  祭司たちは幕屋にて主に仕えます。彼らは嗣業の土地が与えられませ  
民数記18章 んでした。主に仕える者は全てを主に委ねなければならないからです。  
  死は汚れを象徴していました。従って死に関わった者は、一定期間汚  
民数記19章 れた身となり、罪の死と救いの命を確認することが出来ました。  
  モーセの姉ミリアムと兄アロンが死にます。人々はまた主を忘れ、モ  
民数記20章 ーセに不平不満をぶつけます。主の恵みを忘れてはなりません。  
  イスラエルは約束の土地カナンの前に到着します。主の約束は、自信  
民数記21章 を持つことではなく、主を信じることにより成し遂げられます。  
  神様は主の主です。異教徒であったバラムに現れて下さり、主に従う  
民数記22章 者として下さいました。主の御力を信じましょう。  
  主はバラムを通して、イスラエルを祝福して下さいました。主は全て  
民数記23章 を御支配なされ、全ての者が聞き従うことが求められています。  
  主を信じると、必要な時に主を証しする言葉が主によって与えられま  
民数記24章 す。異邦人であるバラムが信じたように、私たちも主を信じましょう。  
  イスラエルは、姦淫と偶像崇拝の罪を犯しました。姦淫は一つの罪に  
民数記25章 留まることなく、偶像崇拝の罪を誘発します。  
  主は約束されたことを実現されます。イスラエルは40年の旅により、  
民数記26章 主を疑ったことにより、出エジプトの民は全て息絶えました。  
  主は娘たちとモーセの願いを聞き入れて下さいました。だからこそ、  
民数記27章 私たちは願いを主に祈り求めることがゆるされているのです。  
  主は私たちに全てのものをお与え下さいます。献げ物はその感謝のし  
民数記28章 るしとして献げられるべきものです。礼拝献金、月定献金。  
  献金としては、祭り毎にも献げます(イースター、(ペンコテステ)、ク  
民数記29章 リスマス)。祭りはそれぞれ主の恵みを覚えるために行われるからです。  
  誓願は主なる神様にのみなされるべきであり、実行不可能なことは誓  
民数記30章 願すべきではありません(信仰告白22:6,7)。  
  ミディアン人の仕打ち(25章)に対する報復です。これは異教的習慣の  
民数記31章 除去のため主の復讐ですが、新約の今では悔い改めを求める行為です。  
  ガドとルベン、マナセの半部族には、ヨルダン川の東岸の土地が嗣業  
民数記32章 の地として与えられました(巻末地図3)。現在のヨルダン・シリアです。  
  出エジプトの40年の歴史が回顧されます。ここにある主の約束とイス  
民数記33章 ラエルの罪を常に思い出す必要があります(参照:十戒序文)。  
  ガドとルベン、マナセの半部族以外の9部族と半部族に与えられる嗣  
民数記34章 業の地が定められます。主の約束は成就されます。  
  主は別にレビ人と逃れの町を準備して下さいました。人は罪を犯しま  
民数記35章 す。しかし罪が償われた時、彼は受け入れられなければなりません。  
  27:1-11で語られていたことを再確認します。聖書はその時代背景に即  
民数記36章 して語られていますが、それでもなお女性の地位を尊重しています。  
  放浪の40年の原因(民数13章)を再度確認し覚えています。主のご命令  
申命記 1章 に対して、信頼して従う者でありましょう。  
  主はエサウの領土セイルとロトの子孫の領土モアブを、イスラエルに  
申命記 2章 与えることはなさらず、アモリ人シホンの領土をお与え下さいました  
  約束の地カナンをお与え下さるのは、神様の御業です。イスラエルが  
申命記 3章 神様の御言葉を信じて行うことにより約束の地が与えられるのです。  
  イスラエルの祝福は、救い、全てを導いて下さる主に聞き従うことに  
申命記 4章 よりもたらされます。主の掟と法を子々孫々に教える責務があります。  
  改めて十戒が語られます。十戒は、先祖と結ばれたものではなく、今  
申命記 5章 ここに生きている我々すべてと結ばれているのです(3)。  
  主は私たちを救って下さいます。だからこそ感謝と喜びをもって、主  
申命記 6章 の御言葉に従い、主の命令に聞き従っていきましょう。  
  あなたの神、主はあなたのただ中におられ、大いなる畏るべき神です   
申命記 7章 (21)。うろたえることなく、信じましょう。  
  私たちは主の恵みと存在を忘れがちです。主の賜った罪の赦しと救い、  
申命記 8章 様々な恵みと祝福を顧み、感謝と喜びを持って主に仕えましょう。  
  主はイスラエルに約束の土地カナンをお与え下さいました。しかしそ  
申命記 9章 れは彼らが義しいからではなく、神様からの一方的な恵みです。  
  主は私たちに、主なる神を畏れ、主の道に従って歩み、心を尽くし、  
申命記10章 魂を尽くして主に仕え、主の戒めと掟を守ることを求めておられます。  
  主はイスラエルをエジプトから約束の地カナンに導いて下さいました。  
申命記11章 神様の恵みと祝福を忘れてはなりません。  
  主なる神様は、主の御前(幕屋→神殿→新約の教会)で礼拝することを  
申命記12章 求めておられます。主の御前で、主の御声に耳を傾けましょう。  
  主なる神様以外の神々は、人の手によって作られたものであり、偶像  
申命記13章 です。だからこそ何一つそれらの教えには従ってはなりません。  
  主は私たちに全ての必要を整えて下さいます。だからこそ、感謝と喜  
申命記14章 びをもって、主の必要のために献げ物をささげましょう。  
  主が私たちの必要を全て満たして祝福して下さいます。だからこそ隣  
申命記15章 人の負債も免除し、隣人の痛みをも受け入れることを求めています。  
  主はイスラエルをエジプトから救い出され、また全ての穀物をお与え  
申命記16章 下さいます。祭りを覚えるのは、主の恵みを忘れないためです。  
  主は真実なお方です。主を畏れ、律法の言葉と掟を忠実に守ることに  
申命記17章 より、戒めから逸れることなく、主の道を歩み続けることが出来ます。  
  レビ人・祭司・預言者は、主が召し、お立て下さいます。主のために  
申命記18章 働く者には、正当な報酬が保証されなければなりません。  
  不正は主の御前に罪であり、その償いを負わねばなりません。しかし  
申命記19章 過失に対しては、逃れの道が備えられる必要があります。  
  戦争はイスラエルが約束の地に入る時、主への服従を拒否した敵にな  
申命記20章 されました。現代は全世界に福音が伝えられ、聖戦はありません。  
  社会秩序が保たれるための知恵が授けられています。自分のためでは  
申命記21章 なく神様の栄光を称える神の国形成のため社会形成せねばなりません。  
  社会秩序形成のための知恵の続きです。基本にあるのは、主を愛し、  
申命記22章 隣人を愛することであり、十戒です。  
  主がお教え下さる律法は、一人一人の生命と信仰が守られることを目  
申命記23章 的としており、全ては神様の愛の表れです。  
  主は一人一人の苦しみに目を止めて下さいます。従って律法も隣人を  
申命記24章 愛することを求め、記されています。  
  主は、主の御前で義しく生きることを求められています。だからこそ  
申命記25章 律法では不正に対する裁きが語られます。  
  主はイスラエルと霊的イスラエルである私たちを救い出して下さいま  
申命記26章 した。信仰は主の救いの御業を覚え喜びと感謝から促される行為です。  
  主が命じられた掟を、私たちは忘れてはなりません。だからこそ私た  
申命記27章 ちは主の日毎に行われる礼拝において十戒を唱え続けます。  
  主は私たちに祝福をお与え下さいます。同時に病気や試練もあります。  
申命記28章 それらは個人の現行罪の故ではなく、神の栄光が現れるためです。  
  主は恵みの契約により私たちに祝福をお与え下さいます。私たちはこ  
申命記29章 の神様の契約を御言葉・礼典(洗礼・聖餐)で覚え続けていきます。  
  御言葉は訳の分からない難しいものではなく、あなたの口と心にあり  
申命記30章 ます。御言葉が血となる肉となることにより、信じ行う事が出来ます。  
  信仰は継承されます。そのために主の教えは教え継がれていかなけれ  
申命記31章 ばなりません。それでも人間は教えを忘れ罪を繰り返すのです。  
  主は真実で正しくまっすぐなお方です。主がお語り下さる御言葉を疑  
申命記32章 うことなく信じて、そして全てを委ねて歩み続けよう。  
  モーセは最期に12の氏族を覚えて祝福します。主はイスラエルをいつ  
申命記33章 も覚えて下さったように、一人一人を覚え、執り成して下さいます。  
  主はモーセへの約束を全て成就して下さいました。そして新たな指導  
申命記34章 者ヨシュアをお立て下さいます。救いは廃れることはありません。  
  私たちがどこに行っても主は共にいて下さいます。主を信じ、委ね、  
ヨシュア 1章 強く、雄々しくあり続けたいものです。  
  ラハブは主を信じました。異邦人であっても、主を畏れ信じる者には、  
ヨシュア 2章 主は救いをお与え下さいます。  
  「自分自身を聖別せよ」(5)とは、身を清めることです。私たちは主の  
ヨシュア 3章 御前に出る(礼拝)時、霊的・身体的に整えて臨む必要があります。  
  主はイスラエルに奇跡を行いました。私たちは、主の御力を覚え、主  
ヨシュア 4章 を敬い、礼拝することが求められています。  
  イスラエルにはしるしとして割礼が施されました。私たちは洗礼が与  
ヨシュア 5章 えられています。神の子とされていることに感謝しましょう。  
  勝利は軍事力ではなく、主の御力によって成し遂げられます。私たち  
ヨシュア 6章 は武器ではなく、信仰の武具(エフェソ6章)を身につけましょう。  
  人を誤魔化すことが出来たとしても、主を誤魔化すことは出来ません。  
ヨシュア 7章 主の御前で真実に生きることこそ、神の子に相応しい生き方です。  
  聖絶は、主の御言葉が語られ、そのことにより主の御業が明らかにさ  
ヨシュア 8章 れる時に行われます。今主の直接啓示はなく、聖戦もあり得ません。  
  契約が結ばれれば、それが実行させることが求められます。従って、  
ヨシュア 9章 契約締結には、慎重さ同時に、主への信仰が問われてきます。  
  5人の王が捕らえられ、殺されたのは、全てを治めておられる主なる  
ヨシュア10章 神様に従わなかったからです。主は王の王、主の主です。  
  ヨシュアは主の命じられたことを全て行いました。主は私たちにも、  
ヨシュア11章 御言葉と祈りから主の御声に従うことを求めておられます。  
  聖戦は主の直接命令時にのみあり現在ではあり得ません。ここに記さ  
ヨシュア12章 れている征服された王たちは主の御声に聞き従おうとしませんでした。  
  土地の分与(13-22章)は、主がアブラハムに約束されたことの成就です。  
ヨシュア13章 主は私たちに約束して下さった契約も全て成就して下さいます。  
  カレブはヨシュアと共に主に従いました(民13章)。カレブの要求は、  
ヨシュア14章 個人的な要求ではなく、主の約束(民14:24)に従う正当なものです。  
  ユダはヤコブの第4子でしたが、長子の権が授けられ、最初に記され  
ヨシュア15章 ます。そしてユダ族から救い主が誕生します(マタイ1章)。  
  レビ族が祭司として土地を持たないため、ヨセフの子、エフライム族  
ヨシュア16章 とマナセ族が、その土地をそれぞれ受け継ぎ、12部族を構成します。  
  聖書の時代は男中心の世界です。しかし主は息子がなかったツェロフ  
ヨシュア17章 ハドをも顧みて下さり、娘たちに嗣業の土地をお与え下さいました。  
  くじを引くことは、その決定を主に委ねることです。そのため、くじ  
ヨシュア18章 引きをする時は、祈りをもって行う必要があります。  
  主は12部族それぞれに嗣業の土地をお与え下さいました。このことに  
ヨシュア19章 より、主がアブラハムに約束された契約は成就しました。  
  主は逃れの町をお与え下さいました。罪を償うことにより、再びイス  
ヨシュア20章 ラエルの共同体に入ることを、主は求めておられます。  
  レビ族は祭司として、特別に他の12部族(ヨセフ族はマナセとエフライ  
ヨシュア21章 ムに分ける)からそれぞれ土地が与えられ、祭司の努めを果たしました。  
  主の命じられたことに聞き従うことにより、主は祝福をお与え下さい  
ヨシュア22章 ます。天地万物の創造者、全ての支配者である主の御声に聞き従おう。  
  主の契約を破り、他の神々に従い、仕え、ひれ伏すことにより、主の  
ヨシュア23章 怒りが燃え上がり、主の裁きがもたらされます。  
  唯一の主であられる神様が、私たちに土地・町・家・畑・果実の全て  
ヨシュア24章 をお与え下さいます。神様の恵みと祝福に感謝しましょう。  
  イスラエルは、主の約束に従わず、カナン人と共存することとなり、  
士師記  1章 結果的に偶像崇拝を行うことへと向かうことになります。  
  イスラエルは主の目に悪とすることを行い、バアルに仕えます。それ  
士師記  2章 故に主は士師をお立て下さり、民を救って下さろうとしました。  
  イスラエルが主の目に悪とすることを行っても、助けを求める民に、  
士師記  3章 主は憐れみの故に、士師(オトニエル、エフド、シャムガル)をお立て下さいました。  
  バラクは、主ではなくデボラに頼ります。主の約束を信じることなく、  
士師記  4章 人の力に頼ることは、不信仰です。主の御言葉を信じましょう。  
  主は、女預言者デボラにより、イスラエルに勝利を治めさせて下さい  
士師記  5章 ました。これは人がいかに罪を犯したといえども妨げられません。  
  ギデオンは主の霊に満たされ、バアルの祭壇を壊します。しかしイス  
士師記  6章 ラエルは、バアルをかばい争います。生ける神を求めましょう。  
  主はギデオンと僅か300人の民によりミディアンをイスラエルの手に渡  
士師記  7章 されました。それは自らではなく主の力によることを信じるためです。  
  イスラエルを支配していたのはギデオンではなく、主なる神様です。  
士師記  8章 権力のある人を畏れるのではなく、主を畏れ敬いましょう。  
  人は権力を握ろうと様々なことを考え、行います。しかし主はそれら  
士師記  9章 の全てのことをご存じであり、罪に対しては裁かれます。  
  人は主を離れ偶像崇拝を繰り返します。しかし主は悔い改めを待って  
士師記 10章 おられます。そして悔改めとそれに伴う行為を受け入れて下さいます。  
  主の御前でなされた誓いは果たさなければなりません。エフタは主へ  
士師記 11章 の誓い(30-31)をまもるため、娘を献げたのです(39)。  
  人は他人の手柄も自分のものにしようと願います。しかし全ての富も  
士師記 12章 権威も主がお与え下さらなければ、真理ではありません。  
  サムソンは「ナジル人」(5)として主から特別な力を授けられます。こ  
士師記 13章 れが「彼はナザレの人と呼ばれる」(マタイ2:23)に繋がります。  
  サムソンは異教の女を妻として迎えました。このことによりサムソン  
士師記 14章 は宴会で酒を飲み(11)、ナジル人としての誓約を破り始めていきます。  
  ユダの人々は、自己保身と自分たちの手で人を殺すことを嫌ってサム  
士師記 15章 ソンをペリシテ人に引き渡します。  
  人は一度憎しみを覚えると、相手が死を遂げるまで執念深い行動を取  
士師記 16章 ります。主は人を自らの罪を悔い改め、人を赦すことを求られます。  
  「自分の目に正しいことを行う」(6)ことは、主の目に正しいことを行  
士師記 17章 うことではありません。主の目、御言葉に聞き従いましょう。  
  5人は600人の兵と共にミカの家に行きました。しかし真に畏れるべき  
士師記 18章 なのは主なる神様です。今だけではなく永遠の命に目を向けましょう。  
  娘の父、宿を提供しないイスラエル人、女を差し出す老人、姦淫する  
士師記 19章 人々、助けず遺体を切り刻む主人・・。人間の持っている罪の姿です。  
  レビ人の夫は自分に都合のよい証言をし、その結果ベニヤミンとイス  
士師記 20章 ラエルは全面戦争を行います。証言は主の御前で真実が求められます。  
  主に従わず自分の目に正しいことをすること(25)により、一つの罪を  
士師記 21章 繕おうとして辻褄が合わなくなり、より大きな罪を犯します。  
  ルツは主イエスの系図にも登場します(マタイ1:5)。ナオミとルツの嫁  
ルツ記  1章 姑の関係ではなく、信仰の友としての歩みに目を止めましょう。  
  ルツはボアズと出会います。ルツとナオミの歩みが、主イエスの誕生  
ルツ記  2章 のために主によってもたらされたご計画の一部であることを覚えよう。  
  ルツがボアズに対して求婚します。男と女が結婚して一つとなるのは、  
ルツ記  3章 主の導きであり、ここに主の祝福がもたらされることです。  
  ルツとボアズからオベド、オベドからエッサイ、エッサイからダビデ  
ルツ記  4章 が生まれ、主に従う彼らに、主の豊かな祝福がもたらされました。  
  主はハンナの祈りを聞き入れて下さいました。主は私たちの祈りを主  
サムエル上1章 の最も相応しい時、相応しい方法で成し遂げて下さいます。  
  主は聖なる方。私たちの全てを知っておられ、命を絶ち、命を与えら  
サムエル上2章 れる方です。主の御前に真実に歩んでいきましょう。  
  主はサムエルにお語り下さいました。私たちには御言葉と御霊によっ  
サムエル上3章 て主の御言葉が示されています。主の御声に聞き従いましょう。  
  イスラエルは神の箱をシロから運んできたにも関わらずペリシテに破  
サムエル上4章 れ神の箱も奪われます。神御自身に委ねることをしなかったからです。  
  神の箱はペリシテの偶像の前に運び込まれます。しかし主が敗北した  
サムエル上5章 わけではなく、主が戦われ、勝利を治められます。  
  神の箱自身に力があるのではなく、そこに臨在される主がおられるか  
サムエル上6章 らこそ力があります。興味本位でなく、敬虔に主に仕えましょう。  
  イスラエルは主へ罪を悔い改め、主を信じたからこそ、ペリシテ人か  
サムエル上7章 ら守られます。主の臨在を信じ、主の御力を信じて祈り続けましょう。  
  イスラエルは王の王である主の代わりに王を求めます。しかし王は主  
サムエル上8章 に代わることは出来ず、私たちはなおも主に従わなければなりません。  
  主はイスラエルの王としてサウルを選ばれました。小さな者(21)だか  
サムエル上9章 ら出来ないのではなく、主が必要な賜物をお与え下さいます。  
  サウルは主によって王に召されます。それは同時に民たちの同意を得  
サムエル上10章 るものであり、内的にも外的にも召命が与えられます。  
  主が王としてお立て下さったサウルは、賜物も与えられ、王としての  
サムエル上11章 職務を果たす能力が備えられ、民の先頭に立ちます。  
  主が雷も雨も小麦の収穫も、また敵からの救出も行って下さいます。  
サムエル上12章 だからこそ私たちは主なる神様にこそ救いと導きを祈り求めるのです。  
  サウルはサムエルが帰ってくるのが待ちきれずに、自ら祭司の努めを  
サムエル上13章 行いました(9)。主の召し以外の働きを行うことは罪です。  
  ヨナタンは主を信じて勝利を治めました。しかしサウロは主に頼るこ  
サムエル上14章 となく、不必要な誓いを兵士に課し、ヨナタンに罪を犯させます。  
  主は、形だけで神様を礼拝(いけにえを献げること)よりも、主のご命  
サムエル上15章 令を完全に守ることを、私たちに求めておられるのです。  
  主は見かけで人を判断されることなく、主は人の心を見ておられます  
サムエル上16章 (7)。見かけや行いにではなく、心から主に従っていきましょう。  
  ダビデはゴリアトを恐れることなく、生きて働く主を畏れ、主が守り  
サムエル上17章 生かして下さることを信じて、戦いに挑みました。  
  サウルは常に人々から敬われることを望んでいました。そのためダビ  
サムエル上18章 デに嫉妬し、敵意を抱きました。他人ではなく主を仰ぎ見ましょう。  
  どの様な人に対しても殺すことは罪です。主が私たちに求めておられ  
サムエル上19章 るのは、人を思いやり、真実を証しすることです(大教理135,144)。  
  サウルはダビデへの殺意を押しとどめることは出来ません。しかしキ  
サムエル上20章 リストが十字架にお架かり下さったのは主の怒りを宥めるためです。  
  聖別することは私たちが主の御前に生きるために定められたのであり、  
サムエル上21章 聖別のもののために人が生きているのではありません(マタイ12:1-8)。  
  剣を持ち殺し合うことではなく(9,大教理145)、人を思いやり、人を擁  
サムエル上22章 護することを、主は求めておられます(13-14、大教理135,144)。  
  ダビデは主の御声に聞き従いましたが、サウロは自らの願いを主の御  
サムエル上23章 心と決めつけています。まず、主の御声に聞き従いましょう。  
  裁きは主がされることであり(13)、命を狙う者であっても、主がお立  
サムエル上24章 て下さった為政者に手をかけることは許されません(7,大教理135)。  
  ダビデは翌朝までに和解しなければナバルを滅ぼすと誓います(22)。  
サムエル上25章 しかし主は生きておられ和解をもたらして下さいました(23-34)。  
  主が求めておられることは、人の罪を赦し、平和を保つことです。ダ  
サムエル上26章 ビデの行為が、私たちが取るべき行いを教えてくれています。  
  ダビデは、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲ったにも関わらず、  
サムエル上27章 ユダ・エラフメエル人・カイン人のネゲブを襲ったと嘘を答えます。  
  サウルは主の声を聞くことが出来なかったため、口寄せ女に求めます。  
サムエル上28章 それでも主が共におられ、預言を語ります。  
  主は生きておられます。だからこそダビデがサウルと戦うことになら  
サムエル上29章 ないように、導いて下さいます。  
  ダビデは戦いに行けなかった兵士にも平等に分け前を与えます。これ  
サムエル上30章 らが、主がお与え下さった恵みの品であったからです。  
  サウル王とその子らは、サウルの罪の故に主の裁きがもたらされ、死  
サムエル上31章 を招きました。主の御前に立たされた自分自身を省みましょう。  
  報告に来たアマレク人は、サウロの死を自らの手柄として偽証を行い  
サムエル下1章 ました。それ故に裁かれたのです(9,10,15,16、第九戒、大教理141)。  
  ダビデはユダの王位に就きますが、一方でサウルの息子イシュ・ボシ  
サムエル下2章 ェトがイスラエルの王に就き、両者が戦禍を交えるようになります。  
  アブネルは自らの罪が咎められたという消極的な理由でしたが主の御  
サムエル下3章 声に聞き従いました。主は私たちに主に立ち返ることを求めています。  
  レカブとバアナは、サウルの子イシュ・ボシェトの首をダビデに献上  
サムエル下4章 することで賞賛されると思いました。しかし復讐は主の御前で罪です。  
  ダビデはエルサレムで全イスラエルの王として立てられます。しかし  
サムエル下5章 ダビデはおごることなく、主の御声に聞き従いました。  
  神の箱は、車で運ぶものではなく、レビ人ケハテの子らが担ぎ棒によ  
サムエル下6章 って運ぶ必要があります(民4:14-15)。主に従わなければ死を招きます。  
  ダビデは主の宮を建てようと思い立ちます。しかし主がイスラエルと  
サムエル下7章 共におられるのであり、主がダビデを王としてお立て下さったのです。  
  主の祝福を受けたダビデは、主の加護の下、諸国との戦いに勝ち続け  
サムエル下8章 ます。恵みと祝福は、主がお与え下さるものです。  
  ダビデはヨナタンとの約束(サム上20:14-15)を忘れることなく、ヨナ  
サムエル下9章 タンの子メフィボシェトを神様の恵みを施します。  
  アンモン人の君主ハヌンは、ダビデの忠実と哀悼を尽くそうとした気  
サムエル下10章 持ちに疑問を持ち、それ故に裁きに遭います。  
  ダビデはバト・シェバに対する姦淫と、夫ウリヤに対する殺人の罪を  
サムエル下11章 犯します。特に権威者がその地位を用いて行う罪は重いのです。  
  主の御前に、罪を隠し通すことは出来ません。しかし、どれだけ重い  
サムエル下12章 罪であっても、主の御前に悔い改めれば、罪は赦されます。  
  近親相姦と姦淫、そして兄弟殺し、これは重罪です。人は自らの欲望  
サムエル下13章 にまかせますが、主の律法に善悪の判断をしなければなりません。  
  真実を語り、真実を貫くことが、求められます(18-20、大教理143)。  
サムエル下14章 ダビデは息子アブサロムを受け入れることとなります。  
  アブサロムはダビデに対して反抗します(1-12)。目上の人に対してこ  
サムエル下15章 の様な行いは罪です(大教理128)。  
  呪うという罪に対しても、主の摂理の中にあり主は許容されます(10)、  
サムエル下16章 (信仰告白5:4)。そして主はこの罪をも清い目的のために用いられます。  
  アヒトフェルの提案は優れていました。しかし主の御計画から離れて  
サムエル下17章 おり、実行されることはありませんでした(14)。  
  兵士はダビデを尊敬を表すために王を擁護します(3,大教理127)。年長  
サムエル下18章 者を敬うことは、儒教的な前に、主が求めておられる命令です。  
  罪の悔い改めを行うことにより、主は罪を赦して下さり、神の子とし  
サムエル下19章 て、命に与るものとして召して下さいます。  
  シェバはダビデに反逆します。主がお立て下さった王に反逆すること  
サムエル下20章 は罪です。  
  ヨシュアがギブオン人と誓約を交わしていました(ヨシュア9:15-20)。  
サムエル下21章 その誓約を破ったサウルに対する刑罰が求められたのです(信仰告白22:4)  
  参照:詩編18編。主は生きて働いて下さいます。主を信じ、主に従う  
サムエル下22章 者を、救い出し、守って下さいます。信じて祈りましょう。  
  神に従い、神を畏れる者には、神からの永遠の契約、つまり救いと永  
サムエル下23章 遠の生命が約束されています。救いにあることを感謝しましょう。  
  主はいろいろな試みと腐敗に民を招きます。そのことにより、民は自  
サムエル下24章 らの弱さを知り、主を知り、主に従う者へとなります(信仰告白5:4,5)。  
  王は主がお立て下さいます。自分勝手に王になろうとすることは、主  
列王記上 1章 に成り代わろうとする罪です。  
  主は既に罪の赦しと救いをお与え下さっています。だからこそ主の掟  
列王記上 2章 と戒めと法と定めに従って歩むことを、私たちに求めているのです。  
  主の掟と戒めを守ることは、同時に善悪の基準をはっきりと持つこと  
列王記上 3章 です。人を裁く時には主の善悪の基準により賢く裁くことが必要です。  
  ソロモンは南ユダと北イスラエルを統治し、その繁栄ぶりは物質的に  
列王記上 4章 も見ることが出来ます。全ては主の恵みによります。  
  神様がソロモンに非常に豊かな知恵と洞察力と広い心をお授けになら  
列王記上 5章 れたからこそ、ソロモンはイスラエルを統治することが出来たのです。  
  神殿は、主の臨在の場所にふさわしい所として、十分な準備をもって、  
列王記上 6章 清楚に造られていきます。会堂建築を考える時に求められることです。  
  ソロモンは宮殿も完成させ、神殿の備品も造っていきます。中心はあ  
列王記上 7章 くまで神殿であり、個人の住居である宮殿が中心ではありません。  
  神殿に契約の箱が安置されソロモンは祈ります。主は契約を全て果た  
列王記上 8章 して下さり、常にイスラエルと共にいて下さいます。  
  主はソロモンの祈りを聞き入れて下さり、ソロモンの前に現れました。  
列王記上 9章 主の御言葉を信じ、従う者を、主は祝福して下さいます。  
  富んでいる時、誘惑に陥ります。ソロモンは富と共に武力を持ち、主  
列王記上10章 なる神様から離れていくこととなります。  
  栄華を極めたソロモンは、王妃たちの故に他の神々を受け入れていく  
列王記上11章 こととなります。この結果イスラエルは裁かれ分裂していきます。  
  王国は分裂し、南はユダとベニヤミンをレハブアムが、北は他の10部  
列王記上12章 族をヤロブアムが統治します。早々に北は偶像崇拝の罪を犯します。  
  老預言者は神の人に嘘を語ることにより、神の人は神に逆らい、殺さ  
列王記上13章 れることとなります。  
  北イスラエルのヤロブアム、南ユダのレハブアム、双方とも主の御前  
列王記上14章 に罪とされることを繰り返します。主は罪を全てご存じです。  
  ユダの王アサは、神殿男娼を追放し、全ての偶像を取り除きます。偶  
列王記上15章 像との戦いは厳しいですが、主の御力を信頼して歩みましょう。  
  イスラエルの王、バシャ、エラ、ジムリ、オムリ、アハブの罪の歴史  
列王記上16章 です。御言葉に、主に立ち戻ることこそが、信仰の第一歩です。  
  エリヤは主によって立てられます。主の語られることを信じて行えば、  
列王記上17章 やもめの息子が生き返ったように、救われ永遠の生命が与えられます。  
  たとえエリヤが一人であり、バアルの預言者が多数いても、主を信じ  
列王記上18章 主に従うエリヤは、生きて働く主による助けがもたらされます。  
  主を信じる者が一人となっても、主はイスラエルに7000人を残して下  
列王記上19章 さいました。私たちは決して孤独になることはありません。  
  主は恵みと裁きの予告により、主を知り、悔い改めることを求めてお  
列王記上20章 られます。自らを誇ることなく、謙虚に主に従うものとなりましょう。  
  アハブはナボトの命と財を不正に奪い取りました。私たちは主がお与  
列王記上21章 え下さるものに満足し感謝することを求めておられます。  
  預言者が全て正しいのではありません。私たちは常に主の御言葉を正  
列王記上22章 しく理解し、偽預言者を見抜く力を身に着けなければなりません。  
  主に背き、主の力を信じない者にもたらされるのは死です。主を否定  
列王記下 1章 することは、主による罪の裁きによる永遠の刑罰が待っています。  
  主はエリヤを天に上げられます。主を信じる者は、肉体の死があった  
列王記下 2章 としても復活の体が与えられ、エリヤの如く天に上げられるのです。  
  主は飢え乾いたイスラエルに、溢れんばかりの水を、涸れ谷に満たし  
列王記下 3章 て下さいました。現実に嘆くことなく、信じて祈りましょう。  
  主を信じる者は、飢えても朽ちない糧が与えられ、肉体の死を迎えて  
列王記下 4章 も、主によって永遠の生命が与えられます。信じましょう。  
  主は全てのことを見ておられます。「誰にも気付かれないから」と思う  
列王記下 5章 ことでも、主は知っておられます。主の御前に正しく歩みましょう。  
  主は全てのことをご存じです。奇襲をしかけようとしても、主がお守  
列王記下 6章 り下さるなら、手も足も出すことが出来ません。  
  人の目に不可能だと思われることを、人は信じることが出来ません。  
列王記下 7章 しかし主には不可能はありません。不可能を可能にして下さいます。  
  イスラエルとユダの歴史が続きます。王や民の罪と、なおも罪の赦し  
列王記下 8章 と救いの手を差しのばして下さる主の御業を確認しましょう。  
  主の預言は実現します(36)。イゼベルの死の預言は、列王上21:23によ  
列王記下 9章 って語られていた通り、犬の餌食となりました。  
  イエフはバアル崇拝者を全て滅ぼす良いことを行いましたがヤロブア  
列王記下10章 ム(北初代王)の行った偶像崇拝からは離れることが出来ませんでした。  
  アタルヤはバアル崇拝を守るために南王国の王となろうとしますが、  
列王記下11章 主はユダを守られ、アタルヤは殺されることとなります。  
  献げられた献金を祭司が不正に用いることは認められません。献金は  
列王記下12章 主の働きのため用いられ、用途が全て明らかにされる必要があります。  
  北イスラエルの王ヨアハズ、ヨアシュは主の目に悪とされることを繰  
列王記下13章 り返しました。アラムがイスラエルを撃つのは主の裁きです。  
  南ユダの王アザルヤは良いことも行いますが偶像崇拝から離れられず、  
列王記下14章 更に北イスラエルに戦いを挑みます。しかし主による裁きを受けます。  
  北イスラエルの王メナヘムはアッシリアに貢ぎ物を送ります。主を離  
列王記下15章 れ力による支配に入るものは、主によって裁かれていきます。  
  南ユダの王アハズは、偶像崇拝と軍事の力アッシリアに仕えます。主  
列王記下16章 を礼拝することを忘れることにより、主は裁きをもたらします。  
  北王国は、偶像崇拝を続けた結果、主がアッシリアの手に渡され滅ぼ  
列王記下17章 されました。陥落後も、民は祭司の声に耳をかしませんでした。  
  ユダの王ヒゼキヤは主に従います。しかしアッシリア王は、力でユダ  
列王記下18章 を従わせようとします。全てを支配される主の御力を信じましょう。  
  主を信じるとは、人間的ないかなる力に対しても主が勝利を治めて下  
列王記下19章 さることを信じることです。主は決して無力な神様ではありません。  
  主はヒゼキヤの命を延ばして下さいました。しかしヒゼキヤは主から  
列王記下20章 与えられた富を自らの誇りとして、バビロンの使者に見せたのです。  
  マナセ王は偶像崇拝を始めると共に、主の預言者の声を聞かず、主に  
列王記下21章 従う者たちの命すら奪っていきました(16)。アモン王もしかりです。  
  ヨシヤ王は主に従います。また大祭司ヒルキヤは律法の書を見つけま  
列王記下22章 す。王は律法の書に聞き、書に従い、民へ悔い改めを求めます。  
  ヨシヤ王は律法の書に記されている通り偶像を全て取り払い、心を尽  
列王記下23章 くし、魂を尽くし、力を尽くして主を礼拝しました。  
  主はマナセ王に示された通り(21:11-15)、バビロンによってユダを滅  
列王記下24章 ぼされます。主による救いも、主による裁きも必ずもたらされます。  
  主の言葉は単なる警告に留まらず成就致します。しかし主が裁きの警  
列王記下25章 告をされるのは、民を愛し真の悔い改めを願っておられるからです。  
  アダムからアブラハムの系図です。直系から外れている人が異邦人と  
歴代誌上 1章 なっていきます。イスラエルに属するか否かは彼らにとって重要です。  
  アブラハム・イサク・ヤコブの子ユダからダビデの系図です。18節以  
歴代誌上 2章 降にはヘツロンの子カレブ(ケルバイ)の系図です。  
  ダビデの王家の系図です。主はイスラエルを罪の故に裁きつつも、ダ  
歴代誌上 3章 ビデの子として救い主をお立て下さるご計画を進行なさいます。  
  ユダ部族の傍流の系図が示されます。この系図は断片的となっていま  
歴代誌上 4章 すが、自らがイスラエルに属することを確認する上では重要なのです。  
  シメオン(4:24-)、ルベン、ガド、ヨセフの子マナセの半部族、レビ(大  
歴代誌上 5章 祭司の系譜)の系図です。  
  祭司(レビ人)は聖所の務めに当る選ばれた部族であり、真の礼拝者と  
歴代誌上 6章 してイスラエルの中心核を成す。口語訳・新改訳では5:27-41も6章に組み込む。  
  命の書にあなたの名が記されていることを覚えつつ、読んでみましょ  
歴代誌上 7章 う。自分の名を見つけた人々の喜びを感じることが出来るでしょう。  
  ベミヤミンの子孫でサウル王(33)に至る系図として改めて記されてい  
歴代誌上 8章 ます。「弓を引く勇士」(40)となり神様から離れていく姿もあります。  
  捕囚帰還後に最初にエルサレムに住んだ人々の系図(参照:ネヘミヤ11  
歴代誌上 9章 章)です。神礼拝のために多くの奉仕があり、働きは分かち合いました。  
  主はサウルの全ての行動をご存じであり、主の言葉を守らなかった故  
歴代誌上10章 にサウルは主の裁きの故に死を遂げます(13-14)。  
  ダビデ王が即位し、エルサレムをエブス人から奪い取ります。以降、  
歴代誌上11章 エルサレムがイスラエルの首都となります。  
  全イスラエルが、ダビデを王とすることに同意し、喜び祝います。主  
歴代誌上12章 イエス・キリストを王とする者は、神の一致と喜びが与えられます。  
  ダビデは正しい神礼拝を行うために神の箱を迎えに行きます(参照サムエル  
歴代誌上13章 下6章、ウ信仰告白23:3)。肩で担がず、車に載せたことが誤りです(民4:4-15)。  
  ダビデは主の御旨に従い、ペリシテの人々を滅ぼしました。裁きは主  
歴代誌上14章 がなさることであり、神の直接啓示のない現在、聖戦はありえません。  
  主の働き(預言者・王・祭司、現在の教師・長老・祭司)は、主によ  
歴代誌上15章 って召され、任職を受けた者たちの手でなされなければなりません。  
  主に礼拝を献げることは、主に感謝し、主の栄光を讃え、私たち自身  
歴代誌上16章 が完全に主にひれ伏すことから始まります。  
  ダビデは主によって神殿の建設には待ったをかけられますが、救い主  
歴代誌上17章 にいたる揺るぎない王国を確立してくださいました(11-12)。  
  ダビデは主によって選ばれた王として、主の守りと導きにより、戦禍  
歴代誌上18章 で勝利をおさめていきます。  
  恐れるのは人であっても軍事力であってもなりません。ダビデをお立  
歴代誌上19章 て下さった主を畏れ敬うことが求められているのです。  
  ダビデは、アンモン人やペリシテ人などを征服し勝利を治めていきま  
歴代誌上20章 す。しかし今はキリストの贖いが成し遂げられ、聖戦は存在しません。  
  ダビデは罪を犯します。それは人口を数え、侵略のための軍事力を計  
歴代誌上21章 りました。敵への勝利も主がお与え下さることを忘れたのです。  
  ダビデはソロモンが建てる神殿造営のための準備に取りかかります。  
歴代誌上22章 準備であってもダビデは出来うる全てのことを行いました。  
  ダビデはソロモンに王を譲りますが、最後に神殿における神礼拝を司  
歴代誌上23章 るレビ人の任務を確認致します。神礼拝は幕屋から神殿へと移ります。  
  祭司は主によって召され任職されることが求められます。このことは  
歴代誌上24章 現在の教会の執事職へと引き継がれています。  
  詠唱者の職務は、公的礼拝の際に楽器を奏し、賛美しつつ預言するこ  
歴代誌上25章 とです。そのために訓練を受け、熟達することが要求されます。  
  神殿における他の奉仕者の任務が割り当てられていきます。教会も同  
歴代誌下26章 様に教会員がそれぞれ奉仕を担い、キリストの体を形成していきます。  
  主がアブラハムに約束されたこと(創世15:5)は、成就して、イスラエ  
歴代誌上27章 ルの民は数えきることが出来ないほど地に満ちました(23-24)。  
  主は私たちの全ての考えの奥底まで見抜かれます(9)。だからこそ神様  
歴代誌上28章 の恵みの内にあることを感謝し、喜びをもって主を礼拝しましょう。  
  献げ物は、主の必要に応じて、救いにある感謝と喜びに満たされて自  
歴代誌上29章 ら率先して行うものです。ダビデの祈り(10-19)小教理107を参照せよ。  
  主は常に聖霊を通して私たちと共にいて下さり、私たちの祈りを聞き  
歴代誌下 1章 届けて下さいます。救いにある感謝と喜びをもって主に祈りましょう。  
  神殿を建てるために必要な職人、物資は、主によって備えられ、整え  
歴代誌下 2章 られます。そのため異邦人であるティルスの王フラムも協力します。  
  最初に建築されるのは、神殿の中心に位置します至聖所です。神殿が  
歴代誌下 3章 神礼拝のために用いられることを忘れてはなりません。  
  続けて神殿の祭壇と神殿で用いられる祭具が造られていきます。出エ  
歴代誌下 4章 ジプト時の幕屋の祭具に比べて見ましょう(出エジプト25-28章)。  
  神の宮である神殿で主を讃美しほめたたえることにより、主の栄光は  
歴代誌下 5章 神殿に満ちます(13)。私たちも主の栄光が満ちる礼拝を献げましょう。  
  主は約束されたことを全て成就して下さいます。さらに私たちの全て  
歴代誌下 6章 をご存じであられ、私たちの悔い改めと祈りを聞き届けて下さいます。  
  主は、主を信じ、主の御言葉に聞き従う者の祈りを聞き届けて下さい  
歴代誌下 7章 ます。しかし神の掟と戒めを捨てたならば、滅びがもたらされます。  
  ソロモン王の治世における諸事業は、神殿と王宮建設です。主はその  
歴代誌下 8章 人その人それぞれに賜物を与え、主の働きのために備えて下さいます。  
  ソロモンの事業と富は、他国に響き渡り、シェバの女王も賛辞を語り  
歴代誌下 9章 ます。主の御声に聞き従う者は、主からの恵みと祝福に入れられます。  
  ソロモンの子レハブアム王は、人々の求めを受け入れず、重税を続け  
歴代誌下10章 ました。その結果、北は分裂しヤロブアムを王として立てます。  
  レハブアムは南王国(ユダ・ベミヤミン)の王となります。彼はヤロブ  
歴代誌下11章 アムが偶像崇拝を行いレビ人を追放したため、彼らを受け入れます。  
  南ユダの王レハブアムは主の律法を捨てましたがエジプト王が攻めて  
歴代誌下12章 来て預言者シェマヤの言葉を受け入れ、自らの罪を悔い改めました。  
  ユダの王アビヤは主を信じ主に従っていたため、主から離れていた北  
歴代誌下13章 王国のヤロブアムに、数的劣勢の中、勝利を治めることが出来ました。  
  ユダの王アサは主に従い、異教の祭壇・聖なる高台・石柱・アシェラ  
歴代誌下14章 像を壊し、ユダの人々に主を求め、律法と戒めを守るよう命じました。  
  ユダの王アサは、アザルヤとオデドの預言を聞き、偶像を取り除き、  
歴代誌下15章 主を礼拝しました。為政者は主に従った上で、民を治めるべきです。  
  アサ王は、イスラエルの王バシヤが攻め上ってきたため、主を忘れ、  
歴代誌下16章 アラムの王に力を借ります。主に委ねない罪故に、主は裁かれます。  
  主はユダの王ヨシャファトと共におられたため、彼は主を求め、戒め  
歴代誌下17章 それ故に主からの大いなる富と栄光に満たされます。  
  ヨシャファト王は、北王国の王アハブの言葉に従い、主の御声に聞き  
歴代誌下18章 従うことが後になりました。私たちはまず主の御言葉に聞くべきです。  
  裁判は人のためではなく、主の正義が擁護され、悪に対する正当な裁  
歴代誌下19章 きがなされ、罪が除去されるためになされなければなりません。  
  主は私たちと共にいて下さいます。主を信じ、主に全てを委ねて信頼  
歴代誌下20章 することにより、主は私たちに全ての必要を満たしてくださいます。  
  ユダの王ヨラムは、自らの王位を守るために兄弟たちを殺し、偶像崇  
歴代誌下21章 拝を行いました。しかし主はダビデ契約お守り下さいました。  
  ユダの王アハズヤは主の目に悪とされることを行いました。それ故に  
歴代誌下22章 主は彼を滅ぼし、主の裁きを彼にもたらしました。  
  ユダの王アハズヤの死後、母アタルヤが王女として立とうとしますが、  
歴代誌下23章 主はアハズヤの子ヨアシュをお守り下さり、王として立てられます。  
  ユダの王ヨアシュは、祭司ヨヤダが生きている間は主に従いましたが、  
歴代誌下24章 彼の死後主の目に悪とされることを行いました。主は全てご存知です。  
  主は私たちの行い、言葉、心の中の全てをご存知です。形だけ主に従  
歴代誌下25章 うことは偽善であり、私たちは主の目を欺くことは決して出来ません。  
  ウジヤ王は主の目にかなう正しいことを行っている間、繁栄しました。  
歴代誌下26章 しかし祭司の努めまで行おうとする罪を行い、皮膚病にさらされます。  
  ヨタム王は、父ウジヤ王の失敗を繰り返すことなく、主の神殿に入り  
歴代誌下27章 政治権力と宗教とを混合させることは行いませんでした。  
  アハズ王はバアル像を建て偶像崇拝を行います。それ故に主は彼とユ  
歴代誌下28章 ダを裁き、アラム・イスラエル・アッシリアなどの手に渡されました。  
  ヒゼキヤ王は、ユダの民たちが主に従っていなかったため祭司とレビ  
歴代誌下29章 人に命令して、民たちが罪の悔い改めと主を礼拝するよう求めました。  
  ヒゼキヤ王の下行われた宗教改革により、多くの民たちが過越祭に加  
歴代誌下30章 わり、主による罪の赦しと救いを大いに喜ぶことが出来ました。  
  民たちは忠実に献げ物を献げた(十分の一の献げ物)ため、祭司とレビ  
歴代誌下31章 人たちは主の働きをするために何も不自由することなく行えました。  
  人々は主なる神様にも力がないとあざけりますが、主は生きて私たち  
歴代誌下32章 と共にいて下さいます。主を信じる者は主から祝福を受けます。  
  マナセは主の御前に悪とされることを行っていましたが、捕らえられ  
歴代誌下33章 バビロンに連れて行かれることにより罪を悔い改め、主を信じました。  
  ヨシヤ王は、見つかった主の律法の書(契約)を人々に読み聞かせ、契  
歴代誌下34章 約を結び、主に従い、主の戒めと定めと掟を守ることを誓いました。  
  ヨシヤ王は、主の言葉に従い過越祭を再開し主への礼拝を行いました。  
歴代誌下35章 しかし晩年、ヨシヤは主の使いネコの言葉に聞き従いませんでした。  
  ユダの王たちは主の御前に悪とされることを繰り返したため、結果と  
歴代誌下36章 して主の裁きがもたらされ、最終的にバビロンに捕囚の民とされます。  
  主はペルシアの王キュロスの心を動かされ、捕囚の民とされたイスラ  
エズラ記 1章 エルを、エルサレムに帰還させて下さいました。  
  主は常にイスラエルの民と共にいて下さり、捕囚の間も見捨てられる  
エズラ記 2章 ことがありませんでした。帰還の名簿は主の恵みのあらわれです。  
  エルサレムに帰還した民たちは一人の人のようになり、一体で主を礼  
エズラ記 3章 拝し、神殿再建を始めます。一つとなることは教会に必要なことです。  
  エルサレムに神殿が再建されようとする中、主を否定する人々は邪魔  
エズラ記 4章 してきます。主を否定する人は自らの損得しか考えないのです。  
  主によって始められた神殿再建は、誰の手によっても妨げられること  
エズラ記 5章 は出来ません。私たちは主がお語り下さる御言葉に聞き従いましょう。  
  主のご計画は、時として主を否定する王たちの心をも動かして完成さ  
エズラ記 6章 せます。これは主が天地万物を御支配されているからこそ可能です。  
  ペルシャの王アルタクセルクセスにより、エズラがイスラエルの民に  
エズラ記 7章 律法を教え、守り、主を信じるように語るように命じられました。  
  主はレビ人のいなかったイスラエルに、必要な人材を準備しエズラに  
エズラ記 8章 お示し下さいました。主は教会と私たちの必要を満たして下さいます。  
  主の恵みの中に生かされているイスラエルの中に、なおも偶像崇拝と  
エズラ記 9章 他の種族の民を嫁にすることから来る罪が満ちています。  
  主は罪を悔い改め、主に立ち返ることを求めておられます。イスラエ  
エズラ記10章 ルは自分たちの中にある罪を排除し、主に立ち返ろうと努めました。  
主に立ち返り、主の戒めを守り行う者は、たとえ追いやられていたと  
ネヘミヤ記1章 しても、主が贖い、主の民として主の豊かな憐れみを受けられます。  
  主の御声に聞き従う時それを邪魔する人たちがいます。しかし主が成  
ネヘミヤ記2章 し遂げようとされていることは必ず成就します。信じて行いましょう。  
  主への信仰、主のための働きを嘲笑う者がいます。主はその様子の全  
ネヘミヤ記3章 てをご覧になられています。主を信じる者は救われます。  
  主を信じる者を迫害する者はいます。しかし彼らを打ち破ることを主  
ネヘミヤ記4章 が成し遂げて下さいます。武力者ではなく主の支配を信じましょう。  
  苦しみを覚えている人々の負債は免除し、少しでも担っているものを  
ネヘミヤ記5章 軽くすることは、主にある兄弟姉妹として求められていることです。  
  意図的に他人に誤解を与えることを伝えることは、第九戒違反の罪で  
ネヘミヤ記6章 す(6節、大教理145)。互いに真実を保ち、名声を高めねばなりません。  
  主が命じられた城壁は、邪魔する人々がいたにも関わらず、主がすべ  
ネヘミヤ記7章 てを成し遂げ、完成させて下さいました。  
  民が一人の人のようになり、主が語られる御言葉に聞き、主を礼拝す  
ネヘミヤ記8章 る。これこそが私たちの求められる礼拝の姿です(大教理155-157)。  
  主の御言葉が示された者は、自らの罪科と先祖の罪悪を告白し、自ら  
ネヘミヤ記9章 の力ではなく、主を讃美しつつ、主に委ねて歩むものとされます。  
  誓約は、信仰と義務感とから、受けた憐れみに感謝し、求めているも  
ネヘミヤ記10章 のを得るためにされるものです(ウェストミンスター信仰告白22:5,6)。  
  聖なる都エルサレム(1,18)に住むことは、敵からの攻撃などに備えな  
ネヘミヤ記11章 ければなりませんが、主を礼拝するためには非常に意義が高いのです。  
  エルサレムの安全のために欠かせない城壁が完成し、奉献式が行われ  
ネヘミヤ記12章 るが、そのために重要な働きをする祭司・レビ人が帰還してきます。  
  安息日(主の日)は、聖なる日であり、日々の労働から離れ、主を礼拝  
ネヘミヤ記13章 することが求められています(信仰告白21章)。  
  王妃ワシュディが王の命令を拒んだのは、酔っている王や客人たちの  
エステル記1章 前に現れない方が良いとの判断に基づいてと考えられます。   
  主は、ペルシャにおいてユダヤ人が迫害から逃れるためにエステルを  
エステル記2章 王妃として選ばれるように、お働き下さいました。  
  ハマンは自分が気に入らないだけで、モルデカイとユダヤ民族を根絶  
エステル記3章 にしようとたくらみます。刑罰は正当になされなければなりません。  
  モルデカイはエステルを説得することにより、ユダヤ人を守ろうとし  
エステル記4章 ます。苦しんでいる者の助けとなることは、主の求める隣人愛です。  
  ハマンは自らの罪に目を止めることなく、王妃に招待されたことを誇  
エステル記5章 ります。主の御前にある自らの姿を省み、謙虚さが求められています。  
  隠れて行われた良いこと(2:21-23)を、主は見ておられます。自らの功  
エステル記6章 績を人に誇るのではなく、主によって認められる行いをしましょう。  
  自らの思いを満たそうとする罪(3章)は、明らかにされます。主の御前  
エステル記7章 で良い事・悪い事の全てが隠れたままであることは何一つありません。  
  不正に行われたことは明らかになり、名誉も回復されます。たとえ地  
エステル記8章 上において明らかにされなくても、主はご存じです。  
  ハマンに味方する者たちは、ユダヤ人を征伐しようとしますが、逆に  
エステル記9章 ユダヤ人によって滅ぼされます。隣人を自分のように愛しましょう。  
  モルデカイはユダヤ人たちの幸福を追い求め、平和を約束しました(3)。  
エステル記10章 これはキリスト者として求められていることです(第十戒、大教理147)  
  主は全てを支配しておられます。私たちに与えられている全てのもの  
ヨブ記  1章 は主から与えられたものです。サタンの誘惑も、主の許可によります。  
  災難も主の許す範囲でなされます。だからこそ神の子とされた私たち  
ヨブ記  2章 は主によって守られ、乗り越えられない試練はないのです。  
  人は弱く、災難が降りかかるとその場から逃れたい死にたいと思いま  
ヨブ記  3章 す。しかし主がお与え下さる祝福と永遠の生命を忘れてはなりません。  
  神を畏れて生きる事(6)は、災難が降りかかった時にも、主を信じて、  
ヨブ記  4章 全てのことを主に委ねて歩むことです。  
  主は貧しい者を救い出して下さり、弱い者にも希望をお与え下さいま  
ヨブ記  5章 す。従って懲らしめにも耐えられ、主の助けを信じることが出来ます。  
  人は苦痛に見舞われると、その理由を神様に問いかけます。主は苦し  
ヨブ記  6章 みの全てをご存じであり、心に留めて下さいます。  
  「人間とは何なのか」人は自分の立場でものを考えます。しかし主が  
ヨブ記  7章 あなたを生かし、救いに導いて下さいます。  
  私たちの生涯は主の栄光に比べれば短い時間です。一時の苦しみの故  
ヨブ記  8章 に、主の栄光に満ちた永遠の救いを忘れてはなりません。  
  主は万物を創造され、全てを治めておられます。主は罪に満ちた私た  
ヨブ記  9章 ちに仲保者をお与え下さり、罪の赦しと救いを下さいます。  
  善人が虐げられ、悪人がはびこることを、人は嘆きます。しかし主の  
ヨブ記 10章 裁きは真実で完全になされます。  
  神様はどのような小さな罪をも見逃すことはありません。しかし神様  
ヨブ記 11章 を信じることにより、主は罪を赦し、救いの希望をお与え下さいます。  
  地上に起こり来る全ての事は、全て主のご計画の内にあり、摂理とし  
ヨブ記 12章 て、世に示されます。ここで人は、なぜ悪がはびこるのかと語ります。  
  ヨブの罪と悪は全て神様がご存じです。それでも神様は、神様を信じ  
ヨブ記 13章 る者は救われます。そして御手を遠ざけられることはしません。  
  人は死んで横たわります。どこへ行くのか。神様は、時が来れば、新  
ヨブ記 14章 しい体をお与え下さり、永遠の生命をお与え下さいます。  
  人としてどれだけ清いひとであっても、神様の前では罪に汚れていま  
ヨブ記 15章 す。神様は私たちの行い・言葉・心の全てをご存じなのです。  
  神様は弁護者を用意し、私たちをただ罪の故に裁きに留めることはな  
ヨブ記 16章 さいません。仲保者が私たちに代わって罪の刑罰を受けて下さいます。  
  神様を信じる正しい人は、隣人を愛し、助け、神様を無視し、罪を犯  
ヨブ記 17章 す者に対して、立ち向かう勇気が求められています。  
  神様に逆らい、不正を働く者を、神様は生されることはなく、彼らの  
ヨブ記 18章 罪の故の裁きがなされ、暗黒へと追いやられます。  
  あなたを贖われる方は、今も生きて働いておられます。私たちはこの  
ヨブ記 19章 方を仰ぎ見、救いを信じて、主の御言葉に聞き従うべきです。  
  神に逆らう者の喜びはつかの間に過ぎません。人生80年は長いようで  
ヨブ記 20章 あって、永遠の生命の祝福に比べれば一瞬の喜びに過ぎません。  
  ある人は死に至るまで不自由なく安泰な一生です。またある人は死に  
ヨブ記 21章 至るまで悩み嘆きます。しかし主の恵みは主を信じる者にあります。  
  地上での富は天に持って行くことは出来ません。神に従い神と和解し  
ヨブ記 22章 た者が、天に神から受けたあらゆる祝福と喜びが与えられます。  
  神はわたしの歩む道を全て知っておられます。また同時に神が定めら  
ヨブ記 23章 れたことは必ずその通りになります。主に従うことが救いへの道です。  
  神の約束は理解できるが、現実の社会においてはそうなっていません。  
ヨブ記 24章 しかし「私」ではなく「神」が何を求めておられるかが大切です。  
  人は罪の中を生きています。だからこそ地上においては様々な艱難も  
ヨブ記 25章 受けなければなりません。しかし天には神の平和と祝福があります。  
  人を超越した神のことを人は知っていると言えるのか?知ったかぶり  
ヨブ記 26章 神のことを語ることは逆に神を人の内に閉じ込めることなのです。  
  ヨブは自らの潔白を主張しつつ、自らの正当性を主張します。人は感  
ヨブ記 27章 情的になれば主を忘れ、客観的な自分の姿も見失います。  
  私たちの知り得ない全てのことを、主はご存じであられます。だから  
ヨブ記 28章 こそ私たちは主の御言葉に聞き従うことにのみ救いの道を知り得ます。  
  人は恵みに満ちた日々を歩んでいる時、主の守りと祝福を覚えること  
ヨブ記 29章 が出来ます。そしてその生活がいつまでも続くものと思い込みます。  
  人は不幸が続くと、神に不平を語り、祈りが聞き届けられないと語り、  
ヨブ記 30章 人々に対しても不平不満を語ります(参照:29章)。  
  人は自分では罪を見いだすことが出来ず、主の救いに値する者である  
ヨブ記 31章 との自負があります。ここに人間の持つおごり高ぶりの罪があります。  
  年少者は年長者を敬うことが求められています(大教理127)。しかし年  
ヨブ記 32章 長者が誤りを犯している場合、それを正すことも必要です。  
  神は人間よりも強く正しい方です。神の前に罪はないと語ることが出  
ヨブ記 33章 来る者は誰一人いません(9-13)。  
  主は全能であり正義であられます。主の赦しがなければ誰も生きるこ  
ヨブ記 34章 とは出来ません。だからこそ主の言葉を聞き、理解しましょう。  
  主は私たちと共におられます。主は私たちの全てをご存じであられ、  
ヨブ記 35章 私たちの祈りを全て聞いておられます。信じて待ちましょう。  
  神は力強く、神に逆らう者を生かしてはおかれません。神に逆らう者  
ヨブ記 36章 は、地上でたとえ繁栄しても、それは永遠に続くことはありません。  
  神は自然をも支配しておられます。人間はその自然の僅かにでも力を  
ヨブ記 37章 行使することは出来ません。主の優れた力にひれ伏しましょう。  
  主は天地万物を創造し、全てを治めておられます。人は誰もそれを見  
ヨブ記 38章 たことがなく理解もしていません。疑うのではなく信じましょう。  
  主はすべての動物をも支配しておられます。主はそれらを生かし、養  
ヨブ記 39章 って下さいます。人が行いうることはその僅かにも及ばないことです。  
  人は誰も主の言葉に反論することなど出来ません。主は義しく、力強  
ヨブ記 40章 いお方です。むしろ主による救いを追い求めましょう。  
  (40:25-41:26)主が創造されたレビヤタン(竜の様な動物)に比べれば人  
ヨブ記 41章 は取るに足らない存在です。人は主の御前に誇るものはないのです。  
  ヨブは主が御力を持ち、全ての歴史を支配しておられることを知り、  
ヨブ記 42章 自らの存在を知り、主にひれ伏します。  
  主は神に従う人を知っておられ、守り、救いに導いて下さいます。し  
詩編   1編 かし主に逆らう者は、自らの行いの故に滅びに定められます。  
  国の全権を従わすことが出来る王であっても、主の御前では陶工の器  
詩編   2編 の如くに砕かれる存在です。全てを支配しておられる主を信じよう。  
  多くの者が主に逆らい主を信じません。しかし主は生きておられ、主  
詩編   3編 を信じる者を神の国の永遠の生命に入れて下さり、他者を裁かれます。  
  主は苦しみ悲しんでいる人と共におられ、守り支えそして喜びに満た  
詩編   4編 して下さいます。今の時に一喜一憂することなく主の救いを信じよう。  
  主は逆らう者、悪人の全てを憎まれます。偽りを語る者を滅ぼし、流  
詩編   5編 血を犯す者、欺く者をいとわれます。主の御力を信じましょう。  
  人は苦しみ、神を責め立てます。しかし主は祈りを受け入れて下さり、  
詩編   6編 主に逆らい苦しみを与える者をそのままにされることはありません。  
  主は心とはらわた(内蔵)を調べる方です(10)。表面的な体裁を整える  
詩編   7編 者の心を見破り、真の信仰を持つ者に救いをお与え下さいます。  
  主は天地万物を創造されました(創世1章)。そして神に僅かに劣るもの  
詩編   8編 として人を造り、主の栄光を称えるものとされました(創世1:26,27)。  
  主の裁きは公平です。裁きは権力によってなされるのではなく、真実  
詩編   9編 に基づいてなされます。そして主を信じる者は救われます。  
  神に逆らう者は自分の欲望を誇り、高慢で神を求めません。しかし主  
詩編  10編 は全てをご存じであられ、貧しい者を忘れられることはありません。  
  主はおられます。主に従い、主を信じる心のまっすぐな人を、助け導  
詩編  11編 いて下さいます。力ある主なる神様を信じましょう。  
  社会の中で信仰者は忘れ去られた存在です。しかし主は立ち上がり、  
詩編  12編 精錬して、罪と悪とを消し去って下さいます。  
  主はおられないかと思うほど、祈りが聞かれない時もあります。しか  
詩編  13編 し主は一番ふさわしい時にふさわしい仕方で祈りを聞いて下さいます。  
  人々は「神などない」と語り、忌むべき行いをします。しかし主は信  
詩編  14編 じる者と共にいて下さり、救いの御業を成し遂げて下さいます。  
  主による救いに招かれ、主の救いを信じる者は、自らの罪を悔い、主  
詩編  15編 の義を求め、主イエスに倣った歩みを行うようになります。  
  他の神を求める者には苦しみが加わりますが、主を信じる者には、命  
詩編  16編 の道が教えられ、恵みと祝福に満ちた永遠の生命が約束されています。  
  主は火をもって(試練)私たちの信仰を試され、試練を乗り越えること  
詩編  17編 により信仰の成長をお与え下さり、逆らう者への勝利が与えられます。  
  (参照:サム下22章)主はダビデをサウルの手から助け出して下さいま  
詩編  18編 した。唯一、本当に力ある主は、私たちを助け出して下さいます。  
  主は天地万物を創造して下さいました(創世1章)。そして主は私たち  
詩編  19編 に必要な定めをもお与え下さり、私たちの罪を贖って下さいました。   
  王は、戦車や馬を誇ることなく、主を信じ、主の御名を唱えることが  
詩編  20編 求められます。主を求める王に主は勝利をお与え下さいます。  
  主の御力は全てに及びます。主を信じる者には永遠の祝福を授け、主  
詩編  21編 に逆らう者には主の怒りが表され燃える炉に投げ込まれます。  
  主は生きて働いておられます。主を信じ主にひれ伏す者には、いつま  
詩編  22編 でも健やかな命が与えられます。主の栄光を子孫に語り伝えよう。  
  主はいつも一緒にいて下さいます。そして主は私たちに憩いの場で休  
詩編  23編 ませて下さいます。主の家に留まることこそ、私たちの祝福です。  
  主は天地万物を創られました。だからこそそこに住むものはすべて主  
詩編  24編 のものです。だからこそ私たちは主に栄光を帰すことが求められます。  
  主が救いの計画をお立て下さっています。だからこそ主によって救わ  
詩編  25編 れるためには、主のお示し下さる道に従った歩みが求められています。  
  主を信じる者は、主の義・聖・真実に従って歩む者とされ、日々主に  
詩編  26編 よって聖化され、主の完全な道を求めるようになっていきます。  
  私たちがどの様な試練の中にあっても主は共にいて守り導いて下さい  
詩編  27編 ます。だからこそ主は「わたしの顔を尋ね求めよ」と言われます(8)。  
  主が黙しておられるなら、私たちには希望はありません。しかし主は  
詩編  28編 生きて働かれます。だからこそ私たちには救いの希望があるのです。  
  主の御業は自然にも及びます。それは自然現象、動物の営み、植物の  
詩編  29編 生長にまで及びます。私たちも主の御力の内にあり、平和があります。  
  私たちは苦しい時、主を叫び求めます。主は必ず、私たちの嘆きを喜  
詩編  30編 びに変えて下さいます。生きて働く主を信じて祈り求めましょう。  
  人は自らの益を満たすために人を陥れようとします。こうした私たち  
詩編  31編 を主は助けて下さいます。永遠の生命と平安に満たして下さいます。  
  私たちは主に、人に罪を犯します。しかし主を信じる者は、全ての罪  
詩編  32編 が赦され、主による救いが与えられます。主に信頼し、主を喜び踊れ。  
  主の御言葉は正しく、主の御業は真実です。主を畏れ、主を信じるこ  
詩編  33編 とにより、死から救われ、永遠の生命の希望に包まれます。  
  私たちの歩みは苦しい時、悲しい時もあります。しかしどの様な時に  
詩編  34編 も主は共にいて下さいます。だからこそ主を称えよう(サム上21:4-6)。  
  主は正義であられます。悪・罪を繰り返す者に対する刑罰は、主が成  
詩編  35編 し遂げて下さいます。悪は一時的に栄えても永遠の喜びはありません。  
  神に逆らう者は罪を行っても神への恐れはありません。しかし主は生  
詩編  36編 きて働かれます。主を信じ畏れることにより主の恵みに満たされます。  
  悪事を謀る方が徳と思う時すらあるでしょう。しかし主は悪事を見過  
詩編  37編 ごされることはありません。そして主に従う者に救いが与えられます。  
  病のための苦痛が押し迫ります。なぜとも思います。しかし主の御前  
詩編  38編 に私の罪があるのです。それでもな主の救いにあることを感謝しよう。  
  ただ生きるのは空しいものです。生きて働き、救いをもたらして下さ  
詩編  39編 る主なる神様を知り、信じ、救いを仰ぎ見つつ、日々歩み続けよう。  
  私が主を信じるのではなく、主が私の耳を開き主を信じるよう導いて  
詩編  40編 下さっています。主の慈しみと真が、常々ありますように。  
  弱い人に思いやりを持つこと、それは神様によって与えられた愛に生  
詩編  41編 きる人です。主はその人を守り命を得させ、幸せにして下さいます。  
  魂に飢え乾き、生きる希望を失った時にこそ、生きて働く主を求めよ。  
詩編  42編 主は信じる者を立て、生きる希望と救いをお与え下さいます。  
  主は、主の御前に罪を犯す全ての民を裁く力を持っておられます。復  
詩編  43編 讐を自分で行うのではなく、主を信じて、主の裁きに委ねましょう。  
  主は御手を持ってイスラエルを約束の地に導き入れて下さいました。  
詩編  44編 主は苦しみにある民を、贖い、救い出して下さるお方です。  
  異国の女が王と結婚により、王妃から生まれると王子となります。異  
詩編  45編 国の民である私たちもキリストの花嫁として神の子とされています。  
  主は全てを支配されているお方です。敵の攻撃によって国々が揺らい  
詩編  46編 でも、主は私たちと共におられ、私たちを救って下さいます。  
  主は全地に君臨される偉大な王の王、主はいと高き神、畏るべき方で  
詩編  47編 す。主の栄光を称え、主による救いに感謝と喜びを持って歩もう。  
  神の都シオンにあって、主の栄光が称えられ、賛美されます。この時  
詩編  48編 これまで力を握っていた王たちも逃げ去ることとなります。  
  富が罪を贖うことは出来ません。栄華が永遠の生命をもたらすことも  
詩編  49編 ありません。救いに至る神の知恵たる御言葉に耳を傾けよう。  
  主は神の神、日の出る所から日の入るところまで治められています。  
詩編  50編 主に信仰を告白し、主に従う者には、主の救いが示されます。  
  私たちは主の御前に罪人です。私たちの罪を赦すことが出来るのは主  
詩編  51編 なる神様だけです。主による罪の赦しは唯一永遠の生命に繋がります。  
  人の考えることは罪の故に破滅に向かいます。この世における一時の  
詩編  52編 富ではなく、主を畏れ、恵み深い神様に寄り頼み従って歩もう。  
  人は「神などいない」と語ります。しかし主は彼らを退け辱め滅びに至  
詩編  53編 らせます。生きて働き、主に従う者に救いを与える主を喜び祝おう。  
  主は私たちの苦しみを知り、祈りを聞いて下さいます。救いをお与え  
詩編  54編 下さる主に感謝し、主を信じ、礼拝する者であり続けよう。  
  時として教会の交わりにあった者が、教会から離れ神様を否定する行  
詩編  55編 動を取ります。主は信じる者を救い、契約を汚す者を裁かれます。  
  主は私たちの全てをご存じです。苦しみも悲しみも嘆きもです。主は  
詩編  56編 信じる者を救いに入れ、信じる者の祈りを聞き届けて下さいます。  
  私たちは自分を見失い、主が見えなくなることもあります。しかし主  
詩編  57編 はその時にも見守り、私たちに恵みと祝福をお与え下さいます。  
  この世における裁判者は権力者の意のままに判決を下すことがありま  
詩編  58編 す。しかし最終的な裁きをされるのは主なる神様です。  
  口を持って語られる言葉の中に罪があり、その人の持っている真実の  
詩編  59編 姿が露わにされます。こうした人の罪を主は裁かれます。  
  敵は北から南から攻めてきます。しかしダビデは主を信じ、主によっ  
詩編  60編 てもたらされる勝利を信じました。今では聖戦はあり得ません。  
  私たちは心が挫ける時があります。しかし主は高くいまし、私たちを  
詩編  61編 見守っていて下さいます。全ての支配は主によってなされています。  
  主こそ唯一の神、救い主です。私たちは、主を完全に信頼し、全てを  
詩編  62編 委ねて主に祈り求めることが求めています(小教理98)。  
  神様から離れた時、魂は飢え乾きます。しかし主は常に力と栄えに富  
詩編  63編 んでおられます。だからこそ神の恵みに感謝して、主を讃美します。  
  主は私たちと共にいて下さいます。だからこそ主に従い、主に頼り、  
詩編  64編 主に祈り求める者は、救いをもたらして下さる主によって誇ります。  
  私たちの祈りは、主が全てを聞いて下さる確信を持って行わねばなり  
詩編  65編 ません。主は天地万物を創造し、全ての実りをもたらして下さいます。  
  主はイスラエルをエジプトの奴隷から救い出して下さいました。この  
詩編  66編 主が私に対しても救い、祈りを聞き届けて下さいます。  
  主が私たちを救いに導いて下さいます。私たちに祝福をもたらして下  
詩編  67編 さいます。だからこそ、主を感謝し、誉め讃えよう。  
  主はイスラエルを救い約束の地に入れて下さいました。そして私たち  
詩編  68編 も死から生に導いて下さいます。主は生きて働き、宣教は広がります。  
  溺死寸前の状態では人は自力で回復することが出来ません。しかし主  
詩編  69編 は主を信じる者を命の書に記します。主のみが永遠の生命の源です。  
  救いは主がお与え下さいます。主を尋ね求める者のみが主による救い  
詩編  70編 に与り、主による喜びと楽しみに与ります。  
  主は私たちが生まれる前から年老いた日まで、私たちと共にあり、私  
詩編  71編 たちの全てをご存じです。救いと贖いを成し遂げるのは主のみです。  
  王は国を治めています。しかし主は世界を支配しておられます。王は  
詩編  72編 王の王、主に従うことが求められています。主の栄光を求めよう。  
  科学は発達します。「神が何を知っているか」と人は語ります。しかし  
詩編  73編 主は全てをご存じです。主の許しがなければ何の発明もありえません。  
  人は神がいないと語ります。しかし主は生きて働き、信じる者に永遠  
詩編  74編 の生命をお与え下さいます。信じる者に主の恵みがあります。  
  主は全てを公平に裁かれます。主に逆らう者は自らの罪の故に罪に定  
詩編  75編 められ、主を信じる者は、主の贖いにより高く上げられます。  
  世界中戦禍が絶えません。しかし最終的に罪を裁かれるのは主です。  
詩編  76編 そして主を信じ、主に従う者は、主による救いがもたらされます。  
  人々は神の奇跡を信じようとしません。しかし主は奇跡を行い、自然  
詩編  77編 を支配し、自然現象を超えた力を働かれます。  
  主はイスラエルを救い助け出して下さいました。しかしイスラエルは  
詩編  78編 主を否みました。主の救いを子孫々語り継ぐよう求められています。  
  主を信じる者を、迫害する者がいます。しかし主は迫害殉教に遭うキ  
詩編  79編 リスト者を覚え、祝福と永遠の生命をお与え下さいます。  
  イスラエルはアッシリアに捕囚の民となりました。主はキリストの贖  
詩編  80編 いの故に神の民を神の国に連れ帰り、私たちを救い出して下さいます。  
  主は私たちを思いがけない言葉によって救いと恵みをお与え下さいま  
詩編  81編 した。頑なになることなく、最良の小麦で養って下さる主を信じよう。  
  人々は主を知ろうとはせず自らが神の如くに暮らしています。しかし  
詩編  82編 主は主を裏切る全ての民に死を与え、永遠の刑罰をお与えになります。  
  悪の力であるサタンに対しては滅びの祈り(18)を、迫害する者に対し  
詩編  83編 ては罪の悔い改めを祈る(19)ことにより神の平和を求めましょう。  
  神様はあなたを愛し神の子として下さっています。神の子とされ、永  
詩編  84編 遠の命が与えられる約束により主に全てを寄り頼みつつ歩みましょう。  
  正義は主にのみあります。私たち人間は罪人です。そして主は信じる  
詩編  85編 者を赦して下さいました。正義と平和を求め、主に求め続けましょう。  
  作者の祈りは求め→主への讃美→救いの感謝→新たな願いです。私た  
詩編  86編 ちも祈る時、私たちに働く主の御業を顧みつつ祈りましょう。  
  神の都シオンの民は、主によって数えられています。そして主を信じ  
詩編  87編 る全ての者が、主によって神の民として数えられているのです。  
  病気と苦しみに覆われている詩編です。ヨブや十字架のキリストを覚  
詩編  88編 えつつ、救いをもたらして下さる主を信頼しつつ祈っています。  
  主は恵みの契約により、神の民を救いに導く約束をお与え下さいまし  
詩編  89編 た。同時に罪を繰り返す者に裁きをもたらし悔い改めを求められます。  
  主は永遠に生きておられ、千年も一時に過ぎません。主の御前に立つ  
詩編  90編 私たちは罪に満ちた小さな存在です。生きて働く主に委ねて歩もう。  
  主は高き神、全能の神です。どの様な苦難が私たちを襲う時も、主は  
詩編  91編 私たちの祈りを聞き、私たちを助け出して下さいます。  
  真の主にある救いを受け入れ信じる時、感謝と喜びから主を証しし、  
詩編  92編 主を宣べ伝えることが出来ます。「ねばらならない」は棄てよ!  
  主こそ王の王です。世界を治め、司られています。そして自然すらも  
詩編  93編 治め、主の御声に従わせられます。力ある主にひれ伏そう。  
  主に逆らう者は自らの欲のみを求め人々を苦しめます。しかし彼らの  
詩編  94編 行く末は破滅です。永遠の生命をお与えになられる主を覚えよう。  
  山も海も陸も創られたのは主です。イスラエルを40年間養われ約束の  
詩編  95編 地に入れられたのは主です。今日こそ、主の御声に聞き従おう。  
  主は神々を超えて最も畏るべき方。神々はすべてむなしいものです。  
詩編  96編 創造主であり贖い主である唯一の主を信じ、主を誉め讃えよう。  
  主は生きて働いておられます。そして主に逆らう者には裁きが及びま  
詩編  97編 す。しかし主を信じ主に従う者には主の豊かな恵みと祝福があります。  
  主が地を裁くために来られた時、主を信じる者に永遠の生命の祝福が  
詩編  98編 与えられます。生きて働く主の恵みに感謝して、主に仕えよう。  
  主は王の王です。従って地上の為政者は主に従うことが求められます。  
詩編  99編 主の御力を知り、主に従おう(参照:大教理45、小教理26)。  
  主は天地万物を創造された唯一の神です。そして主は私たちの日々の  
詩編 100編 生活に必要な全てを養いお与え下さる神様です。主を喜び祝おう。  
  王の即位の時に歌われた詩です。王は主から託された主権を与り、民  
詩編 101編 を治めていくことが求められています。為政者の働きは重要です。  
  捕囚の時、主は祈りを聞いて下さっています。主は時が来れば、苦し  
詩編 102編 みから解放し、国を回復して下さいます。苦しみに耐え主を信じよう。  
  私たちの罪を主は怒ることなく忍耐強く待ち、私たちを救いに導いて  
詩編 103編 下さいます。主の御業と慈しみを感謝して受け入れ、主を畏れよ。  
  主は秩序正しく天地万物を創造して下さいました(創世1章)。私たち人  
詩編 104編 間を含め宇宙の全ては主の栄光を称えるために存在しています。  
  アブラハム・イサク・ヤコブに与えられた契約は、エジプトでの400年  
詩編 105編 と脱出により成就し、イスラエルは約束の地に入れられました。  
  イスラエルは罪に罪を繰り返します。これは私たちの姿です。しかし  
詩編 106編 主はなおも罪人を顧み、契約を思い起こし、救いをお与え下さいます。  
  主なる神様は、苦しむ者と共に苦しみ、嘆く者と共に嘆いて下さいま  
詩編 107編 す。主はいつもあなたを見守り、力づけ、助け、導き下さいます。  
  信仰の告白は、@心の中、A口で告白、B讃美においてなされます。  
詩編 108編 主への信仰は、主への信頼であり、苦しみからの助けをも祈ります。  
  逆らう者に敵対者を求める祈りは、サタンに対する裁きの求めです。  
詩編 109編 主はそれでもなおサタンに属する罪人の悔い改めを求めておられます。  
  主は王の王であられます。主は最後の審判の日、全ての罪を滅ぼし、  
詩編 110編 神の国を完成させ神の民をお集め下さいます。主の御業に感謝します。  
  主は救いの契約を主を信じる者にお与え下さいました。だからこそ主  
詩編 111編 を信じる者は主を畏れ、主を讃美し続けます。  
  主を信じる人はとこしえに神の国に記憶されます。永遠の主の祝福に  
詩編 112編 与れます。だからこそ人の噂や評価を気にすることなく主に従います。  
  主は時間も空間も治めておられます。自然も主に聞き従います。世の  
詩編 113編 支配者ではなく、全ての創造者であり統治者である主に聞き従おう。  
  主はイスラエルをエジプトの地から救い出して下さいました。主の御  
詩編 114編 力には不可能はありません。主の救いの御業を信じて主に従おう。  
  人は永遠ではありません。偶像は何も出来ません。しかし主は永遠に  
詩編 115編 在され、主を信じる者に永遠の祝福をお与え下さいます。  
  主はわたしたちの魂を死から助け出して下さったのです。そして主は  
詩編 116編 今も苦しみ・嘆きを前にしている私たちを知り救い出して下さいます。  
  主は、王の王、主の主であられます。神の他に誉め讃えられる方はあ  
詩編 117編 りません。主の栄光を、主の祝福を、とこしえに誉め讃えよ。  
  主は私たちを苦難の狭間から解き放ち、救い出して下さいます。キリ  
詩編 118編 ストの十字架はすでに成し遂げられました。主を信じ主に聞き従おう。  
  主は私たちを見捨てることは決してありません。だからこそ主の救い  
詩編119:  1-  8 を信じて、主の道・主の言葉に聞き従って、主の命令を守ろう。  
  私たちは主の道から外れ過ちを犯してしまいます。だからこそ過ちを  
詩編119:  9- 16 犯すことがないように主に祈り求め、主の言葉を蓄えよう。  
  主の御言葉を守る者には主の祝福があります。しかし主を信ずること  
詩編119: 17-24 なく我が道を行く者には、主からの咎めがあり裁きがなされます。  
  私の魂が苦しい時・悲しい時も主は共におられ、助け歩むべき道を備  
詩編119: 25- 32 えて下さいます。だからこそ常に主の御前に祈り聖書に聞き続けよう  
  主の掟・律法に聞き従うことは、聖霊の働きがなければ不可能です。  
詩編119: 33-40 主の道を歩み、永遠の生命が与えられるように主に祈り続けよう。  
  主を信じることは恥ではありません。王の前でも、いかなる為政者の  
詩編119: 41- 48 前でも、彼らではなく主の御声に聞き従って信仰を貫こう。  
  苦しい時こそ、御言葉である聖書に耳を傾けよう。主は適切な御言葉  
詩編119: 49- 56 を語り生きる力をお与え下さいます。生きる希望は主にのみあります。  
  主の戒めを守り従う時、同様に主を畏れ主の命令を守る人たちが友と  
詩編119: 57- 64 なり、信仰共同体としての教会を形成するように導かれます。  
  世は傲慢と偽りに満ちていますが、主を信じ主の御言葉に聞き従う時、  
詩編119: 65- 72 何事においても確かな判断力と知識をもって主の道が示されます。  
  主の御業により私たちは生き、日々の歩みが守られています。だから  
詩編119: 73- 80 こそ主の戒めを理解し、守ることは、私たちの楽しみとなります。  
  信仰の故に迫害・戦いが強いられる時もあります。しかし信仰によっ  
詩編119: 81-88 て与えられる生命は永遠であり、主を否定する者は裁かれ滅びます。  
  信仰は神の国の永遠の生命に繋がります。全ての英知は主からのみ与  
詩編119: 89- 96 えられます。目の前の事ではなく、永遠広大なものに目を向けよう。  
  主の律法・御言葉に心を砕くこと、つまり黙想し祈り思いをふけるこ  
詩編119: 97-104 とにより、主の真理が露わにされ主の命令に聞き従う者へとなります。  
  主の御言葉は私たちの日々歩む道を照らす光となります。そして命を  
詩編119:105-112 お与え下さいます。主の定めが私たちの心の喜びとなりますように。  
  主の律法に逆らって生きる者は、主の裁きにより断ち滅ぼされます。  
詩編119:113-120 主を信じる者には主の救いがあります。主の裁きと救いを信じよう。  
  主の霊が働いた時、私たちは主の御言葉を知り、主の戒めに従った歩  
詩編119:121-128 みを行うことが出来ます。主の御霊の働きを信じて祈り求めよう。  
  主の定めは驚くべきものであり、私たちには計り知ることができない  
詩編119:129-136 ものです。主の愛による救い、福音の広がりを信じて、主に委ねよう。  
  主の御言葉・律法・御業・戒め・定めは永久です。日々廃れる言葉を  
詩編119:137-144 追い求めることなく、とこしえの命をお与えになられる方を信じよう。  
  主を信じる者は、主の裁きにより、罪の赦しと永遠の生命を得ます。  
詩編119:145-152 キリストの十字架の贖罪の故です。感謝して受け入れよう。  
  主の裁きには誤りがありません。主を信じる者に命を、罪を繰り返す  
詩編119:153-160 者に滅びをもたらします。永遠の命を与える力ある主を信じよう。  
  人々からの迫害を、私たちは恐れる必要はありません。勝利は主にの  
詩編119:161-168 みあり、私たちは主の御言葉にのみ聞き従えば、祝福を得ます。  
  主は私たちの祈り・嘆き・苦しみの全てをご存じです。だからこそ私  
詩編119:169-176 たちは主の守りと救いの喜びに満たされ主を讃美することが出来ます  
  人々は己の欲望に満たされ戦います。しかし主はこの世に平和をもた  
詩編120編 らして下さいます。平和の主に救いを求め、平和を築いていこう!  
  主が天地万物を創造し、摂理により歴史を支配しておられます。私た  
詩編121編 ちの生命も主のもの。私たちの救いは主の他にありません。  
  エルサレムとは「神の平和」という意味です。真に神によって平和が  
詩編122編 もたらされた時、私たちは救いの喜びに満たされます。  
  「わたしたちを憐れんでください」。この祈りを、主は聞き遂げて下  
詩編123編 さり、主はこの世の裁きと、神の民の救いをもたらして下さいます。  
  主が全てを支配しておられるからこそ、私たちは的に呑み込まれるこ  
詩編124編 となく、主の恵みに満たされ歩み続ける事が出来ます。  
  主に依り頼む人はシオンの山、つまり神の国に導かれます。自分の道、  
詩編125編 つまり自分の欲望を貫く者には、神の救いがないことを知るべきです。  
  主はエジプトの奴隷・バビロンの捕囚の民であったイスラエルを救い  
詩編126編 出して下さいました。罪の奴隷にある私たちをも救って下さいます。  
  私たちの日々の生活の全てのことが主によってなされることを信じな  
詩編127編 ければ、それは全て救いという目的のないむなしい行為となります。  
  主を畏れ、主の道に歩む者に、主は恵みを与え、祝福をお与え下さい  
詩編128編 ます。この祝福は、地上の生涯の内に、そして神の国においてです。  
  主の民を苦しめる者、彼らはしばらくの間は栄えるとしても、また立  
詩編129編 派な見せかけを有しようとも、実をつけない雑草にすぎず、滅びます。  
  私の罪を主がキリストの十字架によって赦して下さったからこそ、私  
詩編130編 は希望があります。だからこそ主を信じ、主の御言葉に聞き従います。  
  神の民に求められていることは、信仰から来る謙虚さであり、傲慢に  
詩編131編 自らの欲望を追求してはなりません。幼子の如く主に委ねることです。  
  主の契約と教えを守ることにより、霊的にイスラエルとされたキリス  
詩編132編 ト者も永遠に神の王座、つまり神の国の祝福に与ることが出来ます。  
  神の御前に集まり共に礼拝する者には、主がアロンを聖別して下さっ  
詩編133編 たように聖別し、祝福と永遠の生命が与えられます。  
  主の家(教会)に留まり、主の御前に祈り続け、礼拝し続ける者には、  
詩編134編 創造主であり贖罪主である神が、救いと祝福をお与え下さいます。  
  主は天地万物を創造し、永久に統べ治めておられます。そして囚われ  
詩編135編 人を救い出し、罪を滅ぼします。偶像ではなく生ける神をたたえよ。  
  主は天地万物を創造し、エジプト奴隷とされていたイスラエルを救い  
詩編136編 出して下さいました。主は私たちをも死から救い出して下さいます。  
  バビロン捕囚にある民は、敵に虐げられています。しかし主は最後の  
詩編137編 審判において全ての敵を滅ぼし、神の民を救い出して下さいます。  
  主は常に低くされている者、苦難の中を歩む者を知っておられ、御手  
詩編138編 を持って敵を裁き、主の道を歩む主の民を救い出して下さいます。  
  どこへ逃れようとも主は共におられ、同時に私たちの体の全ての部分  
詩編139編 を造り知っておられます。主の導きは真理であり、全てが正しい。  
  主は全てをご存じであられ、罪を繰り返す者をそのままにしておかれ  
詩編140編 ることはありません。主の裁きから逃れることが出来る人はいません。  
  主は全てをご存じであられ、信仰の故に苦しめられている者と共にい  
詩編141編 て、助け出して下さいます。主に逆らう者たちを裁いて下さいます。  
  私たちは主から離れて自らの意志で生きようとすれば、サタンの罠に  
詩編142編 かかり、罪に陥ります。主こそが救い主であり、唯一の正しい道です。  
  私たちは日々の生活に霊的憂いを覚え、誘惑との格闘があります。こ  
詩編143編 の苦しみ悶えを助け出して下さるお方は主です。主に祈りましょう。  
  人は息に似て消え去るものです。しかし主を信じる私たちを、主は救  
詩編144編 いに導いて下さいます。命を与えて下さる主を信じ主の道を歩もう。  
  主の道はことごとく正しく(小教理11)、主を畏れ信じる者は主による  
詩編145編 恵みと祝福に満たされます。救いをお与え下さる主を讃美しよう。  
  人間には救う力はなく、救いを成し遂げて下さるのは主なる神様から  
詩編146編 の一方的な恵みに委ねなければなりません。永久の主を信じよう。  
  主の御力は何よりも強く絶対的で(小教理4)、全てに及んでいます。主  
詩編147編 こそ礼拝するのに相応しい方であり、他の何にも比べ得ません。  
  全人類がこぞって主の御名を讃美することこそ、創造主の栄光が称え  
詩編148編 られ、被造物である人間の与えられた使命であり祝福です。  
  主は貧しい人を救いに導き、主に逆らう国々・人々・王たちに裁きを  
詩編149編 もたらします。主のなさる御業は徹底的であり、公正・公平です。  
  御力のある主を讃美しよう。主を讃美し礼拝することこそ、被造物の  
詩編150編 努めであり喜びです。神の国の栄光に繋がる祝福に満たされます。  
  知恵と知識を得ることは主への畏れ・信仰へ繋がります。信仰抜きの  
箴言 1章   知恵は無に等しく、自己中心の思いに立ち何事も判断してしまいます。  
  全ての知恵は主から授けられるものであり、正義・裁き・公平はすべ  
箴言 2章   て神の国における永遠の生命にいたる幸いであり喜びとなります。  
  自らの分別に頼らず、心を尽くして主に信頼し、主の道を歩むことに  
箴言 3章 より、主は我らの行く道をお示し下さり、主の祝福が与えられます。  
  神に従う人の道は輝き出る光です。主の御言葉に従った歩みを続ける  
箴言 4章 ことにより、主は道を真っ直ぐにして、命をお与え下さいます。  
  女性の誘惑に心が奪われることは滅びへの道です。歩むべき道を見失  
箴言 5章 います。歩むべき道、つまり生命の源は主の御言葉にのみあります。  
  蟻であっても知恵があり日々の食料を蓄えます。ましてや私たちは真  
箴言 6章 の知恵、真理である神の御言葉が与えられています。御言葉に聞け。  
  女の誘惑により、己の欲望の罠にかかることは、迷いの道、陰府への  
箴言 7章 道、死の部屋に下ることです。そうした誘惑から離れ、真理を求めよ。  
  主の口はまことを唱え、主の口の言葉はすべて正しい。主の御言葉を  
箴言 8章   理解し、熟慮と反省が求められています。御言葉により精選されよ。  
  神に逆らう者に対して主を宣べ伝えても、聞く耳を持ちません。伝道  
箴言 9章   とは主の御言葉、真理を求めようとする者に語りかけることです。  
  無知から発せられる言葉は、災いの元となります。口数を多くするの  
箴言10章 ではなく、御言葉にある知恵に満たされた言葉を発するべきです。  
  神に従う者の歩む道には、主の祝福があり、神の国の喜びがあります。  
箴言11章 しかし主に逆らう者は、自らの行う罪により裁きを受けます。  
  無知な者はまず自分の道を正しいと見なしますが、知恵ある人は人の  
箴言12章 勧めに聞き従い、善悪を判断します。自分を絶対化してはなりません。  
  争いは高慢に振る舞う結果生じます。神に従い、人の勧めを受け入れ  
箴言13章 知恵を蓄えていくことにより、人との争うことなく神の祝福を得ます。  
  二心ある者は、自らの道、つまり罪の故の滅びの道を歩みます。主の  
箴言14章 御言葉に従い主の御意志に聞き従うことにより、真理の道を知ります。  
  柔らかな応答は憤りを静め、傷つける言葉は怒りをあおります。主の  
箴言15章   愛はあなたにそして隣人に注がれています。主の愛する隣人を愛そう。  
  主は私たちの歩むべき道を備えて下さいます。自らの道を切り開くの  
箴言16章   ではなく、主の言葉に従い、時に忍耐し、自制し、主の道を歩もう。  
  叱責は真理に基づいて行われることにより、主に従う者は従います。  
箴言17章 しかし、感情的な叱責や、主に逆らう者に対しての叱責は無力です。  
  人の意見を聞き自らの知恵を広げることにより、より神の真理を身に  
箴言18章 着けることが出来ます。人の意見に即反論することは愚かな行為です。  
  忍耐し、人を赦すことは、主の赦しを知り、救いの感謝と喜びの表れ  
箴言19章 としてなされます。救いの喜びは、キリストに倣う者へと促されます。  
  聞く耳、見る目、主がこの両方を造られたのです(12)。人の意見を聞  
箴言20章 き、行いを見ることにより、自らを省み己が姿を知ることが出来ます。  
  事をあわてて行うことは欠損をまねきます。じっくり考え神の知恵に  
箴言21章 聞き、正しい判断をした上で事を行うことは主の導きに従うことです。  
  弱い人を搾取し貧しい人を踏みにじる者は、罪人である己の救いを知  
箴言22章   らないからです。人の弱さを知り助ける者こそ主の祝福があります。  
  酒を飲む事自体は否定されてはいませんが、大酒を飲むことにより身  
箴言23章   を持ち崩します。意識を失う程飲むことは、主の道に反することです。  
  「できなかった」この言葉を人の命に携わる者が発してはなりません。  
箴言24章 主によって生かされた者として知恵を得て判断する必要があります。  
  主の知恵は無限であり、私たちには多くが隠されています。しかし聖  
箴言25章 書から知恵を得ることにより、賢く事を行うことが出来ます。  
  主に逆らい、主の知恵に従わない者は、彼に相応しくない名誉は剥奪  
箴言26章 され、主から正当な裁きを受けることになります。  
  自分をほめることは自らを神の位に置くからです。私たちが誇るのは  
箴言27章 主のみであり、主の栄光を称えることにより神の栄光が照らされます。  
  「これは罪ではない」この言葉は自分勝手な罪です。主の律法を、あ  
箴言28章 なたの行い・言葉・心に照らして、善悪を判断しなければなりません。  
  神に従う者が人の上に立つことにより、国は安定します。平和、和解、  
箴言29章   弱者への配慮、正しい審判、罪の除去を望み、それを行うからです。  
  神の言われることはすべて清いのです。主の御言葉を理解し、聞き従  
箴言30章   う者にこそ主の祝福が与えられます。自我に頼ってはなりません。  
  性欲・金銭欲・そして酒におぼれることこそ私たちを信仰から遠ざけ  
箴言31章 る誘惑です。よくわきまえた上で、節制することが求められています。  
  空しさ。それは目標がなく、目指すところがない時に感じます。私た  
コヘレト1章 ちの目指すべき所は神の国であり、喜びと祝福に満たされた世界です。  
  神による知恵と知識を得ることにより、私たちは目指すべき場所が示  
コヘレト2章 され、神によって善人と認められます。ここに空しさはありません。  
  神の永遠の計画の下、何事にも時があります。私たちは信仰者に与え  
コヘレト3章 られる恵みと祝福に満たされて神を畏れ敬うことが求められています。  
  主は人を互いに助け合う者として創られました。だからこそ一人で全  
コヘレト4章 てを行うのではなく、互いに助け合い、協力することが求められます。  
  富を愛する者は収益に満足することなく次の欲望を求めます。主は私  
コヘレト5章   たちに必要なものを全てお与え下さいます。感謝して満足しよう。  
  地上に富や財産・名誉を蓄えても、神の国に持ち込むことは出来ませ  
コヘレト6章   ん。私たちは死んでも残る信仰による救いに希望を持ち続けよう。  
  神の御業を直し得る者はいません。また神の他に全き知恵を持った者  
コヘレト7章 もありません。だからこそ神の御業を受け入れ、従っていこう。  
  神は王に地上を治める権能をお与えになりました。だから王は主の言  
コヘレト8章 葉に聞かなければなりません。また私たちは王に従う必要があります。  
  支配者の叫びより、賢者の説く言葉が聞かれるべきです。今言葉の力  
コヘレト9章 が失われています。表面的な叫びではなく、知恵ある言葉に聞こう。  
  愚者は自らの行い・言葉により、自らの愚かさを示し、滅びていきま  
コヘレト10章 す。御言葉に耳を傾け、主の指し示す正しい道を歩み続けよう。  
  私たちはこれからのことを予測することは出来ません。何が起こるか  
コヘレト11章 分かりません。しかし主は全てをご存じであり、全ては正しいのです。  
  若いうちに創造主を知り、信じることは素晴らしいことです。年老い  
コヘレト12章 て苦しみと空しさ・死の恐怖に出会う前に、真実の喜びに出会おう。  
  雅歌は男女の愛の賛歌です。しかしキリストと教会の関係を夫婦関係  
雅 歌 1章 に例えられており(参照:エフェソ5章)、信仰的に読むべきです。  
  男女の恋は神とイスラエルとの関係でたとえられています。主は私た  
雅 歌 2章 ちの信仰を御言葉で養い、祈りと礼典で力づけて下さいます(5)。  
  シオンのおとめであるキリスト者は、王たる主を見上げ、主によって  
雅 歌 3章 成し遂げられる救いの完成の日を喜びをもって待ちわびましょう。  
  主は私たちを呼び求めておられます。主の求めに応じる者にこそ、主  
雅 歌 4章 からの救いの祝福が満たされます。主の御声を聞き、主を受け入れよ。  
  花嫁の花婿に向けた愛情は熱烈です。しかし夢の中で彼女は夜警に打  
雅 歌 5章 たれてしまいます。主への信仰は強くても偶像の誘惑は強いのです。  
  多くの王妃・側女の中、花嫁ほど美しい者はありません。花婿たる主  
雅 歌 6章 の御前で信仰者ほど美しく輝いているものはないのです。  
  花婿は花嫁を求め、花嫁は花婿を求めます。これぞ真の恋愛であり、  
雅 歌 7章 主と信仰者、教会と信仰者の姿です。主はあなたを求めておられます。  
  愛は何によっても消すことは出来ません。信仰もどの様な迫害・試練  
雅 歌 8章 があろうとも、真の救いを知る者は信仰を捨てることはあり得ません。  
  背く者・罪人は断たれます。しかし主を信じる者は裁きにより贖われ  
イザヤ書 1章 ます。だからこそ罪に満ちた生活からの悔い改めが求められています。  
  戦いにおいて上に立とうとする者は主による裁きを受け、高ぶる者は  
イザヤ書 2章 主によって低くされます。人間に頼らず、主に頼ろう。  
  気ままな者が国を治め、若者が長老に、卑しい者が尊い者に無礼を働  
イザヤ書 3章 く。罪は表れ、隠れません。しかし悪は主による報いを受けます。  
  罪に陥ることなく残った者は、聖なる者と呼ばれ、主からの命を得る  
イザヤ書 4章 者として命の書に名が記されています。多数にではなく真理に従おう。  
  貪欲・遊興・真理を曲げ・自己慢心・酩酊・賄賂・・、力の支配は主の  
イザヤ書 5章 御前には白日にされ全て暴かれます。悔改めと主への従順が必要です。  
  全ての罪は暴かれ焼き尽くされます。残るのは切株だけです。しかし  
イザヤ書 6章 この切株から、真の救いの民が起こされます。裁きの警告は必要です。  
  王は主の言葉に聞き従おうとはしません。しかし主は民に救いをもた  
イザヤ書 7章 らして下さるために救い主の約束をお与え下さったのです。  
  諸国は繁栄を求め同盟を組みます。しかし主を信じる者は、力による  
イザヤ書 8章 支配に従うのではなく、主の御手を信じ、主の御言葉に聞き従います。  
  人々が闇の歩みを行う中、主はメシアをお与え下さいます。しかし人  
イザヤ書 9章 々は闇から抜けることなく、滅びにいたる歩みを続けます。  
  主は人々の罪の故に他国の軍隊で人々を滅ぼします。様々な災難もあ  
イザヤ書10章 ります。残りの者は僅かです。しかし主は主を信じる者を救われます。  
  主は真の平和をもたらすために救い主をお与え下さいます。そして散  
イザヤ書11章 らされていた主を信じる者たちを一つの場所に集め祝福されます。  
  主による救いがもたらされるのは、主の一方的な恵みとして与えられ  
イザヤ書12章 ます。だからこそ主の救いに対して心からの感謝と喜びがあります。  
  主に背く国々対しては、主はその怒りを覚えておられ、徹底的な裁き  
イザヤ書13章 がなされます。人間の力ではなく主の御力を信じなければなりません。  
  主は主に背く国々・人々を裁き滅ぼされる一方、主を信じる全ての民  
イザヤ書14章 を覚え選び、神の祝福に満たして下さいます。  
  イスラエルの東の隣国モアブの滅亡の預言です。武力に頼る者は武力  
イザヤ書15章 によって滅ぼされます。私たちが頼るべきは主なる神のみです。  
  モアブの罪は、傲慢、高ぶり、誇り、驕りでした。今は例え栄光に満  
イザヤ書16章 ちた繁栄の中にあっても、主はその罪を見逃されることはありません。  
  ダマスコも罪の故に滅びます。それは救い主である神を忘れ、異教の  
イザヤ書17章 神を礼拝したからです。偶像からの脱却した者のみが救いに与れます。  
  全世界に主の救いが語られています。それは地の果てクシュにまで至  
イザヤ書18章 ります。御言葉を聞き主の主権を認める者は神の救いが与えられます。  
  強国エジプトも偶像・迷信・無知・世襲による愚かな政治により滅び  
イザヤ書19章 ます。そしてその日が来れば、主の御国がこの国にも訪れます。  
  主の裁きはエジプトとクシュ(エチオピア)にまで及びます。私たちは  
イザヤ書20章 なおさら主の裁きから逃れることは出来ません。主をのみ信じよう。  
  主の御業としてユダを滅ぼすバビロンも、神々の像を拝むが故に、滅  
イザヤ書21章 ぼされます(参照:13-14章)。エドムもまたしかりです。  
  「食らえ、飲め、明日は死ぬのだから」(13)との快楽(世俗)主義を、  
イザヤ書22章 主は決して赦される事はありません(14)。主は全てをご存じです。  
  貿易によって栄えたティルスは、主を顧みることがないために破壊さ  
イザヤ書23章 れ廃墟とさせられます。今の繁栄ではなく将来与えられるものを見よ。  
  主に従う者が主からの栄光を受ける時、世界の全ての人々は裁かれま  
イザヤ書24章 す。それは主との永遠の契約を棄てたからであり主を忘れたからです。  
  主を信じる者は救いの時、主の祝宴に招かれます。それと同時に全て  
イザヤ書25章 の罪(恥)はぬぐい去られ、死も滅ぼされ、永遠の祝福が与えられます。  
  神に従い信仰を守る民は、神の救いに与り、行く道は平らです。そし  
イザヤ書26章 てその時、権威ある者も含め全て神に逆らう者は懲らしめられます。  
  主は厳しい裁きを行う一方、主を信じる者を常に見守り、豊かな実り  
イザヤ書27章 をもたらして下さいます。主の民は誰一人廃れる者はありません。  
  命令・規則により律法主義に陥ってはなりません。律法があるからこ  
イザヤ書28章 そ罪を知り、悔い改め、主に倣う喜びへと導かれるのです。  
  アリエルとは祭壇の炉(2)であり神殿の町エルサレムを指します。心が  
イザヤ書29章 頑なになり内実の伴わない見せかけの信仰に対する裁きが語られます。  
  主に背き、人間的な軍事同盟を結んだ罪故に、主はイスラエルを裁か  
イザヤ書30章 れます。全ての背信の記録は主によって書き残されています。  
  軍事力に勝るエジプトに頼るな。主の日に、力あるものはすべて主の  
イザヤ書31章 裁きを受け、滅ぼされます。人間の力ではなく、主の御力を信ぜよ。  
  主の支配の時が来れば、正義と公正となり、正義により平和と安らか  
イザヤ書32章 な信頼がもたらされます。争いがある場所に正義はありません。  
  正義に歩み、正しいことを語り、賄賂を拒み、悪を見ようとしない者  
イザヤ書33章 を主は憐れみ、救いをお与え下さいます。悪ではなく主に従おう。  
  主は大地を絶滅させる日を定めておられます。誰もこの裁きから逃れ  
イザヤ書34章 ることが出来ません。ただ主の統治と救いを信じる者を除いては。  
  神が来て悪を裁く時は、同時に神を信じる全ての者が神の栄光に包ま  
イザヤ書35章 れる時でもあります。全ての苦しみは取り除けられ喜びに満ちます。  
  イスラエルを陥落させたアッシリアはユダにも迫り、将軍ラブ・シャ  
イザヤ書36章 ケは、ユダに降伏を迫ります。しかしヒゼキア王は主に従います。  
  アッシリア王はユダを攻めようと迫ります。しかしヒゼキア王は主の  
イザヤ書37章 言葉に従います。主はユダを守り、アッシリアを滅ぼします。  
  ヒゼキヤは死の病にかかりますが彼の祈りが主に受け入れられ15年寿  
イザヤ書38章 命が延ばされます。主が命を与え命を取り去る力を持っておられます。  
  ヒゼキアはバビロンの王の使者を歓迎し、自慢げに宝を全て見せびら  
イザヤ書39章 かします。しかし主はそれを否と語り、バビロン捕囚を予告されます。  
  捕囚からの回復、神の国の完成の喜びが語られています。主は天地万  
イザヤ書40章 物を創造し、贖います。今も働き救いをお与え下さる主を信じよう。  
  イスラエルの神である主は、私たちを決して見捨てたりはなさりませ  
イザヤ書41章 ん。恐れることなく、たじろぐことなく、主に従っていこう。  
  主御自身が、主による救いに与る者を選び、迎え入れて下さいます。  
イザヤ書42章 選びの民は、偶像から離れ、主の御声を聞き、主に従います。  
  創造主はイスラエルを贖って下さいます。つまり主の贖いは罪がある  
イザヤ書43章 者の代わりに罪を償って下さるのであり一方的に与えられる恵みです。  
  人間の手によって造られた偶像は何もしてくれません。罪を贖い、私  
イザヤ書44章 たちを救いに導くのは主なる神さましかいません。  
  主なる神さまを除いて神はなく、主なる神さまこそが、万物を創造し、  
イザヤ書45章 私たちを正しい者として救いに導く力を有しておられます。  
  鋳物師によって造られた神は、助けにも答えず、悩みから救ってくれ  
イザヤ書46章 ません。主なる神さまこそ私たちを救いに導く力を有しておられます。  
  武力によりイスラエルを滅ぼすバビロンであっても主の御前には無力  
イザヤ書47章 であり、誰も助けることなく、主による滅びが待っています。  
  主はイスラエルをバビロンから救い出し、渇いている者に水を与えて  
イザヤ書48章 下さいます。主こそが真の平和をもたらして下さいます。  
  主はわたしを見捨てられたと思うことがあります。しかし主は共にい  
イザヤ書49章 て下さり、救い出し、罪から贖って下さいます。  
  イスラエルの滅びは、主の裁きではなく、父としての懲らしめです。  
イザヤ書50章 だからこそ主はイスラエルを捨て去ることなどいたしません。  
  補囚の民イスラエルを、主は必ず神の都シオン(エルサレム)に迎え入  
イザヤ書51章 れて下さいます。だからこそ主を信じ、主の御言葉に聞き従おう。  
  主はイスラエルを贖われ、平和を回復して下さいます。この平和は、  
イザヤ書52章 一時的なものではなく、終末的な、永遠の希望につながるものです。  
  キリストは私たちの罪・病をすべて背負い、人々に軽蔑されながら十  
イザヤ書53章 字架にお架かり下さいました。キリストなくして救いはありません。  
  荒廃したエルサレムを不妊の女(1)と聖書は語ります。主は荒廃したエ  
イザヤ書54章 ルサレムを回復し、祝福と喜びに満ちた都をお与え下さいます。  
  主は私たちを養い導いて下さいます。特に魂には、御言葉により生き  
イザヤ書55章 るべき道、永遠の希望をお示し下さり、平安に満たして下さいます。  
  主への礼拝を守り、主の示される正義を貫く者に対して、主は異邦人  
イザヤ書56章 の区別もなく、真の救いをお与え下さいます。信じて主に従おう。  
  イスラエルは姦淫と淫行の罪により主からの裁きを受けました。しか  
イザヤ書57章 し同時に遜り主を唱える者には命を得させて下さいます。  
  偽善によってなされる祈り・断食といった宗教行為を、主はその心を  
イザヤ書58章 ご覧になっています。主が求めておられることは心からの神礼拝です。  
  主は義・聖・真実であり、人には罪があります。両者の隔たりは大き  
イザヤ書59章 いのです。従って救いは主から私たちに一方的に与えられる恵みです。  
  私たちをとこしえに照らす光は、太陽でも月の輝きでもなく、主の輝  
イザヤ書60章 きです。主に従うことこそ、私たちの真の救い、真の喜びとなります。  
  主は御子に油を注ぎ(ルカ4:21)、御子の御業の故に信じる者全てに罪  
イザヤ書61章 からの解放と救いをもたらして下さいました。  
  主はシオン(神の国)のために、働いて下さいます。それは神の子であ  
イザヤ書62章 る私たちを主の御許に集め、神の国の喜びで満たして下さることです。  
  主は主に従わず罪を繰り返す者を滅ぼされます。しかしモーセをエジ  
イザヤ書63章 プトから救ったように信じる者を救い出して下さいます。  
  主は正しいお方であり、主の御前に罪とされる者を皆裁きます。しか  
イザヤ書64章 し神の民には目を留めて下さいます。神の栄光の回復を祈っています。  
  主は罪人を裁くと同時に、選びの民を神の国に導いて下さいます。そ  
イザヤ書65章 こではとこしえの喜び楽しみがあり、泣き叫びはありません。  
  メシヤの来臨による救いを確信し、新しい創造による終末の栄光を待  
イザヤ書66章 ち望みつつ、希望をもって日々生きることが求められている。  
  主はあなたを母の胎から生まれる前から聖別しておられます。主はあ  
エレミヤ書1章 なたに必要な言葉・賜物を備えて下さいます。主を信じて歩もう。  
  イスラエルは神からの恵みを忘れ、バアルを礼拝しました。主への背  
エレミヤ書2章 きの故に裁きがもたらされ、イスラエルは補囚の民とされるのです。  
  イスラエルの罪に対して主の裁きがもたらされます。その前に悔い改  
エレミヤ書3章 め、主に立ち返ることが求められています。背信の子らよ、立ち帰れ!  
  主は偶像から離れ、罪の悔い改めを呼びかけておられます。主は罪の  
エレミヤ書4章 故にはらわたがもだえる激しい怒りを発せられています。  
  イスラエルは身分の低い者も高い者も主に背き罪を犯しました。主は  
エレミヤ書5章 それを裁かれます。しかし主は全てを滅ぼし尽くすことは致しません。  
  誰に向かって警告をすればよいのか。誰も主の御声に耳を傾けない時  
エレミヤ書6章 代にあっても、私たちは主を信じ、主の御言葉を語ることが必要です。  
  主の御声に聞き従い、主を礼拝して、主の語る正しい行いをする者を、  
エレミヤ書7章 主は神の国に導いて下さいます。偽る者ではなく信じる者になろう。  
  主の御声に聞き従わない者は、全て倒れていきます。それは偶像によ  
エレミヤ書8章 って、異教のむなしいものによって主を怒らせたからです。  
  誰もが主を裏切り信用できません。知恵ある者も、力ある者も、富あ  
エレミヤ書9章 る者も、自らを誇ることなく、主なる神を誇り、信じるべきです。  
  人は自らの道を定めることが出来ません。真理である主に従うことこ  
エレミヤ10章 そが、永遠の生命へとつながります。愚かになってはなりません。  
  主の契約は確かです。主がイスラエルをエジプトから助け出し救って  
エレミヤ11章 下さったのです。しかし主に背く者は、己の罪の故に裁かれます。  
  悪がはびこるのは何故か?イスラエルの罪の故の裁きである。しかし  
エレミヤ12章 主に逆らい続ける悪も、主に従わなければ主の裁きにあい滅びます。  
  ユダの罪の故に、主はついにユダを滅ぼし補囚の民となることを宣言  
エレミヤ13章 されます。王も王妃もその位を追われます。それは罪と姦淫の故です。  
  人々は預言者の言葉に耳を傾けず、主の裁きを信じません。ユダの滅  
エレミヤ14章 びは人々のこの愚かさの故にもたらされます。主の言葉を聞こう。  
  疫病、剣、飢え、補囚。これが人々への裁きです。主の御声に聞き従  
エレミヤ15章 う者には人々からの攻撃があっても、主の加護と救いがあります。  
  預言者は孤独に置かれます。人々は自らの罪に気が付きません。しか  
エレミヤ16章 し主の定められた時、主は主に逆らう人たちを全て裁かれます。  
  人の言葉を信じるのでなく神の言葉こそが真実です。そして主は私た  
エレミヤ17章 ちの心も全てご存じです。主を信じ、主を礼拝することこそ救いです。  
  陶工が粘土で器を作り、気に入らなければそれを壊します。人は主に  
エレミヤ18章 よって土から作られた器です。主の御言葉を蓄える器であろう。  
  主に聞き従おうとしない者全てに、主は災いをもたらします。私たち  
エレミヤ19章 は主の御声に聞き従い、行いと言葉と思いを正さなければなりません。  
  人は主の言葉を語る者を非難し、弾劾しようとします。しかし迫害す  
エレミヤ20章 る者こそが、主によってつまづき、辱められます。裁きは主に委ねよ。  
  主はユダをバビロンのネブカドレツァルの手に渡され補囚の民となり  
エレミヤ21章 ます。ユダが主の御声に聞き従わなかったからです。  
  主は裁きを行う一方、正義と恵みを行う者、搾取されている者、寄留  
エレミヤ22章 者・孤児・寡婦、無実の人を守って下さいます。主こそ愛なり。  
  主は生きておられ、イスラエルを救って下さいます。エジプトの奴隷  
エレミヤ23章 ・バビロンの補囚の状態からです。主の臨在と救いを信じよう。  
  主は補囚の民に恵みを与え、救い出して下さいます。これは主の一方  
エレミヤ24章 的な恵みです。喜びと感謝をもって、主の救いに与ろう!  
  イスラエルは罪の故に70年もの間、バビロンの王に仕える者とされま  
エレミヤ25章 す。主の激しい怒りによって、平和な牧場は滅ぼされます。  
  主の真理の言葉を語る時、罪の内にある為政者は預言者を迫害します。  
エレミヤ26章 しかし預言者の言葉に聞き従う者は、主による救いに与ります。  
  ユダはバビロン王ネブカドネツァルに仕えることを、主から命じられ  
エレミヤ27章 ます。補囚はユダの罪の故です。しかし主は救いに導いて下さいます。  
  迫害が生じる時、偽りの救いを語る偽預言者が現れます。しかし偽預  
エレミヤ28章 言者は裁かれます。私たちは聖書にない預言を信じてはなりません。  
  主はユダを70年の時、補囚の民とします。異教の国にあっても、エレ  
エレミヤ29章 ミヤの口を通して語る主の言葉に聞き従うよう、主は求められます。  
  主はユダとイスラエルの繁栄を回復して下さいます。しかしそれまで  
エレミヤ30章 罪故の懲らしめ罰として70年の補囚を避けて通ることは出来ません。  
  主はイスラエルの民を救い出して下さいます。それはイスラエルの義  
エレミヤ31章 の故ではなく、神の一方的な愛の契約の故です(31:31-33)。  
  主の力が及ばないことは、何一つありません。それは同時に主が全て  
エレミヤ32章 のことをご存じであることです。主の預言を信じ、主の言葉に従おう。  
  イスラエルは主を裏切り続けます。しかし主はアブラハム、またダビ  
エレミヤ33章 デと結んだ契約を破棄されることなく、救いをもたらして下さいます。  
  主は、主を裏切るイスラエルを滅ぼすと同時に、主にある者・王を救  
エレミヤ34章 われます。しかし主の愛に背く者は、主による裁きが待っています。  
  カレブ人は、主の命令に従い続けていました。周囲がどうであろうと、  
エレミヤ35章 主の言葉に聞き従い続けることにより、主は祝福をお与え下さいます。  
  主の御言葉を為政者は聞こうとせず、廃棄しようとします。しかし、  
エレミヤ36章 主の御言葉は消え去ることなく、いつまでも残るのです。  
  主の御言葉を信じ携える時、時に為政者に捕らえられます。迫害です。  
エレミヤ37章 しかし主の御言葉を歪めることなく伝えるよう求められています。  
  主の御言葉に聞き従い迫害にある時、時としてゼデキヤ王やエレミヤ  
エレミヤ38章 のように知恵を働かせることも求められます。賢く主に聞き従おう。  
  エルサレムは陥落し、人々は殺されていきます。ゼデキヤ王の命は助  
エレミヤ39章 けられバビロンに連れて行かれます。しかし信じる者は救われます。  
  エレミヤはネブカドレツァル王の命令(39:12)通り、釈放されます。主  
エレミヤ40章 に従うエレミヤは、罪の刑罰としての補囚から逃れたのです。  
  罪に生きる者は、力により、人を支配するか支配されるかの世界で歩  
エレミヤ41章 んでいます。力に頼る者は、力によって滅ぼされます。  
  力による権力者を恐れる必要はありません。すべてを主に委ね、主を  
エレミヤ42章 信じることです。主は全ての必要を整え、祝福に満たして下さいます。  
  主の言葉に聞き従わず、自分勝手な判断をする者に対して、主は不信  
エレミヤ43章 仰の故に裁きを行われます。私たちが恐れるべき方は、主お一人です。  
  人々は主の言葉に耳を傾けようとしません。主に逆らうことは、一時  
エレミヤ44章 的な潤いがあっても、最終的な裁き主の裁きからは逃れられません。  
  主は全てに生命を与え、取り去る力を有しておられます。自らの状態  
エレミヤ45章 もまた主が定めておられます。主がお与え下さる現状に満足しよう。  
  主はエジプトに対する裁きを預言されます。異教宗教を信じることは、  
エレミヤ46章 罪にあたり、主の裁きを免れることはできません。  
  主の預言はさらにペリシテにまで及びます。主の御前に、罪を覆い隠  
エレミヤ47章 すことは出来ません。離島にいたとしても例外ではありません。  
  次にモアブの罪に対する裁きが預言されます。自分の業と富に頼るこ  
エレミヤ48章 とは、結果として罪の行為にしかならないのです。  
  次にアンモン、エドム、ダマスコ、ケダル、ハツォル、エラムの罪の  
エレミヤ49章 裁きです。どの国であっても主を信じること以外に救いはありません。  
  バビロンはペルシャによって攻め滅ぼされます。この時、補囚の民は  
エレミヤ50章 かつての自らの姿を悔い改め、主に従いシオンへの道を歩み出します。  
  主はイスラエルを決して忘れられることはなく、補囚の民から解放し、  
エレミヤ51章 約束の地に連れ戻して下さいます。神の民よ、主の愛を忘れるな!  
  エルサレムの滅亡(歴代下24:18-25:30)の事実が改めて示されます。エ  
エレミヤ52章 ルサレムの滅亡と補囚を決して忘れてはならないのです。  
  イスラエルが罪の故に滅ぼされ、補囚の民とされたことの嘆きの歌で  
哀歌   1章 す。この痛み・苦しみを覚え、悔い改めと主への信仰が求められます。  
  主は約束の民イスラエルを裁かれます。イスラエルは「なぜ」と思い  
哀歌   2章 ます。主はイスラエルの罪を覚え、悔い改めを迫っているのです。  
  主は裁きの一方イスラエルを忘れることなく慈しみと憐れみに包んで  
哀歌   3章 下さいます。主の救いを黙して待てば捨て置かれることはありません。  
  補囚の民イスラエルは解放されます。主は再び彼らを捕らえることは  
哀歌   4章 ありません。私たちも主の赦しに感謝し、罪を悔い改め、主に従おう。  
  主の裁きは非常に厳しいものです。誰も逃れることが出来ません。し  
哀歌   5章 かしこのイスラエルを主は赦し救って下さいます。主の愛に感謝。  
  イスラエルが補囚の民とされようとしている時、エゼキエルは召され  
エゼキエル1章 ます。彼が見たのは天的な事柄であり、神の栄光の臨在です(26-28)。  
  預言者は反逆の民に使わされます。拒んでも恐れず、たじろぐことな  
エゼキエル2章 く語ることが求められます。真理は主の言葉にのみあります。  
  預言者は、主に代わって警告の言葉を語ることが求められます。現代  
エゼキエル3章 社会にあっても教会が社会に対して警告を発することが必要です。  
  イスラエルの家の罪の390年、ユダの家の罪40年、これらはエジプトに  
エゼキエル4章 おけるイスラエルと出エジプトの荒野の40年と考えられます。  
  イスラエルが罪の故に裁かれる状況が預言されています。主の裁きか  
エゼキエル5章 ら誰一人として逃れることが出来る者はいないのです。  
  主の裁きは、祭壇にまで及び、イスラエルの偶像崇拝の罪が暴かれま  
エゼキエル6章 す。真に力ある神は、主なる神お一人であることが示されます。  
  主の民であり、主の神殿があるエルサレムにおいて、主の裁きがもた  
エゼキエル7章 らされます。イスラエルの歴史における終末的な裁きであります。  
  イスラエルの甚だしい罪の数々を、主は全てご存じであります。誰も  
エゼキエル8章 主の御前に、罪を隠し通すことは出来ないのです。  
  主の御前に立つ時、誰一人として、罪に定められることなく、助け出  
エゼキエル9章 される者はありません。救いは主の一方的な恵みによるのです。  
  ケルビムとは、1章における栄光化された生き物のことです。町が焼  
エゼキエル10章 き尽くされることにより、罪が除去され、残りの者は栄光化されます。  
  主を信じることなく悪巧みする者は主によって滅ぼされます。しかし、  
エゼキエル11章 人の子には約束の土地が与えられます。補囚からの解放です。  
  主に従わない者に対しての主の裁きは必ず行われます。「まだ大丈夫だ」  
エゼキエル12章 との過信が、滅びに向かう一歩となります。  
  偽りの預言者に耳を傾けるな。惑わされてはなりません。そして主の  
エゼキエル13章 御声に耳を傾けよう。真理を嗅ぎ分けなければなりません。  
  偶像を拝む事により、主の裁きがもたらされます。主なる神さまの恵  
エゼキエル14章 みがなければ誰も人を救いに導くことなど出来ません。  
  神の民であるとの過信をして、主を裏切り続けるエルサレムの住民す  
エゼキエル15章 らも、主は裁き滅ぼされます。誰も信仰抜きには救いはありません。  
  主が人を造り養って下さったのに、人は主を裏切り、罪から罪を繰り  
エゼキエル16章 返します。主は最初の恵みの契約の故にイスラエルを救われます。  
  主は生きておられます。主を軽んじ、主の誓いを破る者に対して、主  
エゼキエル17章 は裁きをもたらします。しかし主を信じる者には救いがあります。  
  悪人であっても、犯したすべての過ちから離れて、主の掟に従い正義  
エゼキエル18章 と恵みの業を行う者は、救われます。主に背き続ける者は裁かれます。  
  葬儀の時の悲しみの歌(哀歌)です。ユダ王エホアハズはエジプトに幽  
エゼキエル19章 閉され、エホヤキンはバビロンに補われます。罪に望みはありません。  
  主はイスラエルの民をエジプトの奴隷の状態から救い出して下さいま  
エゼキエル20章 した。だからこそ偶像ではなく生きて働く主なる神を崇めましょう。  
  主の裁きは全ての民にもたらされます。誰一人として逃げることは出  
エゼキエル21章 来ません。この裁きにある己の罪を顧みなければなりません。  
  主はイスラエルを裁く時、その罪を数え上げて行かれます。私たちも  
エゼキエル22章 最後の審判において全ての罪が露わにされます。誰も逃れられません。  
  姉オホラはサマリア、妹オホリバはエルサレムのことです。彼女らは  
エゼキエル23章 各々の国を象徴しています。罪の刑罰は死です。偶像から離れよ!  
  主の裁きは実現します。そして全てが実現した時、人々は初めて主な  
エゼキエル24章 る神を知るようになります。その時では遅いのです。今主を知ろう。  
  イスラエルの近隣諸国の罪は、イスラエルをあざけり、主をあざけり、  
エゼキエル25章 イスラエルに対して復讐したことです。それ故主は彼らを滅びします。  
  イスラエルとの友好にあったティルスですが、エルサレムの滅亡の時、  
エゼキエル26章 自分たちに富が回ってくることを喜び、それ故主の裁きが語られます。  
  ティルスは貿易により栄え繁栄しますが、どれだけ繁栄していても主  
エゼキエル27章 の御前に罪と定められれば、滅ぼされます。主の御力を知ろう。  
  高慢になり、自分が神のように思うことは、主に対する罪です。主が  
エゼキエル28章 全てを創造し、私たちにお与え下さっていることを覚えて、感謝せよ。  
  エジプトはナイル川による恵みに与っています。しかしそれを自らの  
エゼキエル29章 所有として誇る時、主の御前に罪と定められます。創造主を覚えよ。  
  エジプトの偶像は主によって打ち壊されます。武力を持ち、栄華を極  
エゼキエル30章 めても、主の御力は偉大です。主を受けいれ、主の御言葉に従え!  
  エデンの園も全世界の自然も養われているのは主なる神さまです。自  
エゼキエル31章 然の偉大さを知り、主の素晴らしい御業を知り、主の御言葉に従おう。  
  ファラオであっても、自らの罪の故に主によって裁きを受けます。主  
エゼキエル32章 に従わない者は、誰一人主の裁きから免れる者はいないのです。  
  主は悪人が滅び死に行くことを望んでおられません。悪人が主に立ち  
エゼキエル33章 帰り悪しき道から主の道を歩み、救いに入れられることを喜ばれます。  
  主は私たちと一緒にいて下さり私たちを養って下さいます。私たちは  
エゼキエル34章 自分の力で生きているのではなく、主によって生かされているのです。  
  セイル山、エドムの全地の者は、主の裁きがもたらされて初めて主な  
エゼキエル35章 る神さまを知ります。しかしその時では遅いのです。今主を知ろう!  
  主による救いは主によって一方的に与えられる恵みです。あなた自身  
エゼキエル36章 は罪人です。自己嫌悪と恥を知らなければなりません。主に感謝せよ。  
  主は枯れた骨のようになっているイスラエルに命の霊を吹き込み、イ  
エゼキエル37章 エス・キリストの御業の約束により、生きる者として下さいました。  
  主の裁きは、マゴグの地ゴグにもたらされます。主の偉大さと聖さは、  
エゼキエル38章 主の裁きの時に、全ての人々に明らかにされます。  
  主はイスラエルと共にいて下さいます。主への背きと不信への罪、あ  
エゼキエル39章 らゆる罪を主が担い、罪を赦して下さいます。主の恵みに感謝しよう。  
  補囚の民エゼキエルは、主により神の国を示されます。これはまさし  
エゼキエル40章 く、罪の故に補囚とされたイスラエルの霊的回復が示されています。  
  イスラエルは出エジプト時に幕屋を造ることが主から命令され(出エジ  
エゼキエル41章 プト25-40章)ますが、主のイスラエルとの関係回復を物語ります。  
  祭司は食物や着物においても主に聖別された者であることを表さなけ  
エゼキエル42章 ればならず、祭司の部屋が神聖であることにより神聖さを宣言します。  
  主によって神の国が完成し、私たちが救いに導かれた時、主は私たち  
エゼキエル43章 の前に現れて下さり、私たちの罪は清められ主の栄光に入れられます。  
  祭司(私たちで言えば牧師)は、神の民の聖と俗の区別を示し、汚れた  
エゼキエル44章 ものと清いものの区別を教えることが求められています。  
  主への感謝の献げ物を行う時、主は真実な方であり全てをご存じです  
エゼキエル45章 から、献げ物を偽わることを、主は厳しく禁じられています。  
  救い主である神さまは、御自身を礼拝することを求めておられます。  
エゼキエル46章 定められた通り主を礼拝することにより、主の救いを確認するのです。  
  主がお与え下さる命の水を飲む者は生き返り、いつまでも生きること  
エゼキエル47章 ができます。主の御言葉である聖書こそが、命の水です(ヨハネ4:13-)。  
  回復された神の都の領地が示されていきます。キリストの再臨により、  
エゼキエル48章 神の都の回復が私たちに示され、私たちは永遠の命に定められます。  
  補囚の民としてのダニエルたちは、異教の首長の下に置かれましたが、  
ダニエル書1章 主への信仰を歪めることなく、信仰を貫きます。  
  すべてを知り、王の夢を明らかにすることが出来るのは、主なる神さ  
ダニエル書2章 まお一人です。主は私たちのすべてのことを知っておられます。  
  主なる神さまに不可能なことはなく、奇跡を起こされます。ダニエル  
ダニエル書3章 たちは、主への信仰の故に守られ生きながらえることが許されました。  
  主の御業は常にまことで、その道は正しいです。自らをおごる者は、  
ダニエル書4章 主によって裁きを受け、主を信じ誉め讃える者に祝福が与えられます。  
  主は主に逆らう者の行い・言葉・心をご存じです。誰も隠し通すこと  
ダニエル書5章 は出来ません。主はそれらの業の故に裁きを行われます。  
  主なる神さまは、主に従うダニエルの祈りを聞きとげ、助けて下さい  
ダニエル書6章 ました。人々はキリスト者を迫害しますが、主は守って下さいます。  
  終末の時代、反キリストが神を冒涜し、神の民を迫害します。しかし、  
ダニエル書7章 神の裁きの時、彼らは滅ぼされ、神の支配がもたらされます。  
  終末に現れる高慢で狡猾な王は、キリスト者を迫害していきます。し  
ダニエル書8章 かし、主に逆らう王は、主によって滅ぼされます。  
  キリストは人々の贖いのために来ます。しかし十字架の後、さらにキ  
ダニエル書9章 リスト者を迫害する者たちが力を振るう時が来ます。  
  主はダニエルと共にいて下さり、力づけて下さいました。主を信じ、  
ダニエル書10章 主と共に歩むことにより、私たちは主の守りの内に力も与えられます。  
  この世の終りに反キリストが激しい戦いを挑んで来ます。しかし最終  
ダニエル書11章 的に反キリストが助かることはなく、主によって完全に滅ぼされます。  
  主の再臨の時まで終末の艱難は続きます。しかし主の再臨により神の  
ダニエル書12章 国が完成する時、キリスト者は救われ神の恵みと祝福に満たされます。  
  ホセアは自らの結婚生活を通して、主からイスラエルの姿を示されま  
ホセア書 1章 す。子らの名は、主の御前にあるイスラエルそのものを語っています。  
  イスラエルの背信にも関わらず主は憐れんで下さいます。だからこそ  
ホセア書 2章 悔い改めが求められます。真の救いは悔い改めて初めて与えられます。  
  イスラエルは長い間偶像崇拝を続けます。それでもなお主は愛して下  
ホセア書 3章 さっています。悔い改め、主に立ち帰り、主の救いを求めなさい。  
  主は罪を悔い改めない民達を最終的に見放されます。しかしあなたは  
ホセア書 4章 同じように罪を犯し続けてはなりません。主はあなたを愛しています。  
  罪に陥る祭司(宗教的指導者)とて主の裁きから逃れることは出来ませ  
ホセア書 5章 ん。戦争を主はお許しになりません。剣には剣で裁きを受けます。  
  表面的、形式的、言葉のみの悔い改めを主は受け入れることはありま  
ホセア書 6章 せん。主が求められるのは形ではなく、心と愛による悔い改めです。  
  イスラエルは罪と高慢の故に主によって滅ぼされようとします。エジ  
ホセア書 7章 プトやアッシリアの軍事力に頼っても、主に勝つことは出来ません。  
  イスラエルは助けを求め主に助けを求めます。しかしそれは偶像の神  
ホセア書 8章 であり、生ける主なる神ではありません。主なる神のみを求めよ!  
  自らの罪を省みずその場限りに主を呼び求めても、それは偶像を求め  
ホセア書 9章 ているのに変わりなく、主はその罪を裁かれます。  
  バアル崇拝を行い続けるイスラエルに対して、主は偶像を倒し裁かれ  
ホセア書10章 ます。主が悔い改め主に立ち帰るように求めても聞く耳を持ちません。  
  主はイスラエルをエジプトから救い出したように、彼らを今なお愛し  
ホセア書11章 ておられます。罪の悔い改めを求め、補囚からの帰還を約束されます。  
  主はモーセを立てエジプトから救い出して下さいました。しかしイス  
ホセア書12章 ラエルは主に背き続け、立ち帰ろうとしません。主の愛と怒りを知れ!  
  主の他に救い主はいません。しかしイスラエルは王を求め、主が王を  
ホセア書13章 与えても偶像崇拝を止めず、救い主を求めようとはしません。  
  主はイスラエルの罪にも関わらず、罪を赦して下さり、悔い改めを求  
ホセア書14章 めます。武力・偶像ではなく、ただ主のみに聞き従おう!  
  いなごによる荒廃、これぞ罪に対する主の裁きの前兆です。主の裁き  
ヨエル書 1章 による破滅は迫っています。今こそ悔い改めが求められています。  
  主の日、その裁きに誰も耐えることは出来ません。しかし真の悔い改  
ヨエル書 2章 めを行う者は、シオンの子とされ主の祝福に満たされ、救われます。  
  主の日、主の裁きの中、主を信じる者たちには、主によって救いに導  
ヨエル書 3章 く霊が与えられ、逃れ場が与えられます。今はその聖霊の時代です。  
  主の日、主はイスラエルに祝福をお与え下さいます。そして主に背き  
ヨエル書 4章 続ける者に対する裁きがなされ、滅ぼし尽くされます。  
  主はイスラエルの周辺諸国のそれぞれの国における罪を指摘し、主の  
アモス書 1章 裁きを語られます。主を知りながら主に背くことは罪そのものです。  
  ユダ、そしてイスラエルには罪がないのではなく、彼らもまた罪を犯  
アモス書 2章 しました。罪の裁きは死です。悔い改めを求める主の愛を知れ!  
  イスラエルの罪の故に滅びがあることを預言するためにアモスが立て  
アモス書 3章 られたのです。真の悔い改めがなければ主の裁きは逃れられません。  
  主は繰り返しイスラエルに罪を指摘したにも関わらず、彼らは主に立  
アモス書 4章 ち帰りませんでした(6,8,9,10,11)。それ故に裁きがもたらされます。  
  主が求めておられるのは、形だけの信仰行為ではなく、真の悔い改め  
アモス書 5章 と主への礼拝です。真の裁きが主からもたらされる前に悔い改めよ!  
  高慢と安逸な生活と過度の飲酒、軍事力を誇ることに対する罪が指摘  
アモス書 6章 されています。主に依り頼まなければ、真の救いは与えられません。  
  アモスの預言をヤロブアム王は拒否します。しかしアモスは収入のた  
アモス書 7章 めではなく、主の召しの故に罪の悔い改めの預言を語ります。  
  主を礼拝することより商売を優先し不正を働く商人の罪の指摘がされ  
アモス書 8章 ます。主の言葉を聞くことの出来ぬ飢えと渇きがここにあります。  
  主は罪の故に全ての民を裁かれます。しかしイスラエルの中の一部の  
アモス書 9章 者を、主の一方的恵みにより救い、主の祝福で満たして下さいます。  
  主は力を誇り、罪を重ねるエドムに対して、主の裁きを宣告し裁かれ  
オバデヤ書 ます。しかし神の民イスラエルは一方的に救って下さいます。  
  主の守りと導きがある時、私たちは逃れることが出来ません。主の示  
ヨナ書  1章 された道を歩むことにより、主は歩むべき道を開いて下さいます。  
  主を裏切り背いたことに対する悔い改めの祈りを行うことを、主は喜  
ヨナ書  2章 んで受け入れて下さいます。そして主の示す道へと導かれていきます。  
  主はヨナを用いて、ニネベの人たちに罪の悔い改めを迫り、ニネベの  
ヨナ書  3章 人たちは悔い改め、主への信仰を言い表しました。  
  主の願いは一人でも多くの人たちが主に立ち帰り、信仰を告白するこ  
ヨナ書  4章 とです。そのために、ヨナが、そして私たちが立てられているのです。  
  主はイスラエルも罪の故に裁かれます。しかしそこには主の深い悲し  
ミカ書  1章 みが伴っていることです。立ち帰り主を従うことこそ主の喜びです。  
  主の裁きに対する警告の言葉を、ユダはたわごととして聞き流そうと  
ミカ章  2章 しています。主の求めは真の悔い改めです。己の姿、己の罪を知れ!  
  イスラエルの指導者・民を惑わす預言者に対する誤りの指摘を行いま  
ミカ書  3章 す。語るべきことは、罪の指摘であり、戦争を宣言することではない。  
  神のさばきを越えた終末の回復と祝福の幻が語られています。1-3節は、  
ミカ書  4章 イザ2:2-4を参照のこと。主の一方的な恵みに感謝しよう。  
  主はユダのベツレヘムからメシアを立てて下さいます。そして終末の  
ミカ書  5章 時、救いの民に祝福を与え、最後まで敵対する者を倒されます。  
  主がお与え下さった数々の恵みを思い出せ!主は私たちに何を求めて  
ミカ書  6章 いるのだろうか?主の喜びは私たちが主に従い、正義・愛を行うこと。  
  主は怒りを保たれることはなく、私たちを憐れみ、咎を赦し、救いを  
ミカ書  7章 お与え下さいます。主による救いに感謝し、主に従い続けよう。  
  アッシリアのニネベ、ヨナによって罪を悔い改めましたが、再び罪を  
ナホム書 1章 犯し続けます。この罪の故に、主はニネベに怒り裁きを宣告されます。  
  ニネベは、自らの罪の故に、主による裁きがもたらされ、裁かれてい  
ナホム章 2章 きます。真理でありすべての統べ治める主の御業を顧みよう。  
  アッシリアの罪は、遊女が淫行の罪によって裁かれるが如くに、神に  
ナホム書 3章 よって裁かれます。ニネベは崩壊し、王は人々のあざけりを受けます。  
  ハバククは主の助けを求め叫びます。しかし主はイスラエルの罪の故  
ハバクク書1章 にカルデア人によってイスラエルの滅ぼすと語ります。  
  高ぶる者、私服を肥やす者、略奪者、暴力、不正な利得者、流血、恥  
ハバクク書2章 をさらけ出す者、暴虐と残虐、偶像崇拝これらは神の裁きを受けます。  
  主の裁きはイスラエルにもたらされます。ハバククは主の憐れみを求  
ハバクク書3章 めます。裁きがどれ程恐ろしくてもハバククは主の救いに感謝します。  
  エルサレムに住む住民であっても、偶像崇拝と支配階級の罪は赦され  
ゼファニヤ1章 ることなく裁かれます。主は憤られ、刑罰が下されます。  
  主は悔い改めを迫ります。主の裁きはイスラエルに留まることなく、  
ゼファニヤ2章 全ての諸外国に対しても及びます。罪人は誰一人逃げ隠れ出来ません。  
  全ての罪人の裁きの後に、主を礼拝する者に与えられる勝利・希望・  
ゼファニヤ3章 喜び・楽しみが与えられます。主による繁栄の回復を喜べ!  
  補囚から帰還したイスラエルは町の再建を図ります。しかし主から最  
ハガイ書 1章 初に求めていることは神殿の再建であり、自宅の再建ではありません。  
  イスラエルは罪に満ち、聖別されず汚れた存在です。しかし主は「あ  
ハガイ書 2章 なたを選んだ」とお語り下さいます。主の一方的な恵みに感謝しよう。  
  バビロン補囚から70年が経ち、主の憐れみを待つイスラエルに対して、  
ゼカリヤ書1章 主は恵みで溢れさせシオンを再び慰めることを約束して下さいます。  
  主はエルサレムの再建を約束し、恵みに満たして下さいます。主は、  
ゼカリヤ書2章 常にイスラエルと共におられ、嘆きの祈りを聞き届けて下さいます。  
  主はサタンを滅ぼし、イスラエルから罪を取り除き、神の民にふさわ  
ゼカリヤ書3章 しい者として下さいます。サタンの滅びは主の勝利を意味します。  
  二本のオリーブの木は、霊的統治者ヨシュアと政治的統治者ダビデ(ゼ  
ゼカリヤ書4章 ルバベル)であり、両者が油注がれ、神の国の完成へと向かいます。  
  律法を破る者は律法によって裁かれ滅ぼされます。シンアル(バビロ  
ゼカリヤ書5章 ン)に代表される罪は、主によって完全に取り除かれるのです。  
  主から戴冠されるキリストが予型されます。キリストは王として地上  
ゼカリヤ書6章 を治めると同時に、祭司として十字架にお架かりになられます。  
  断食・礼拝は、形が整っていれば主に喜ばれるものではありません。  
ゼカリヤ書7章 心からの悔い改めと救いへの感謝をもって、主を礼拝すべきです。  
  主はエルサレムの真ん中に住まれ、世界各地からすべての主の民を救  
ゼカリヤ書8章 い出し、お集め下さいます。救いは主からの一方的な恵みです。  
  主は罪ある者を裁き、全ての神の民を主の御許にお集め下さいます。  
ゼカリヤ書9章 ここに私たちの歓呼の声、勝利の喜びがあり、神礼拝があります。  
  神なる主は私たちの祈りを聞き届けて下さいます。私たちは主の救い  
ゼカリヤ書10章 に与る時、心は空虚から喜びに溢れるものへと変えられるのです。  
  キリストはイスカリオテのユダに裏切られユダヤ人たちに逮捕されま  
ゼカリヤ書11章 す(マタイ26:14-16,27:3-10)。ここはその預言の言葉です。  
  「その日」は罪人の裁きと神の民が解放される日です。神の民は、肉  
ゼカリヤ書12章 体的にも霊的にも神により強められ、救われます。  
  終末の時代、キリスト者は迫害を受け、2/3は死に絶えます。しかし残  
ゼカリヤ書13章 された者たちは主により精錬され、聖化され、主の救いに与ります。  
  主の日が来ると迫害を受けていたキリスト者は逃れ、安住の地エルサ  
ゼカリヤ書14章 レムにおける恵みと祝福に満たされます。そして迫害者は裁かれます。  
  主は私たちを神の子として下さいました。子は父を敬い、尊敬し、畏  
マラキ書 1章 れるべきです。私たちは父なる神さまへの態度はどうでしょうか?  
  主は契約を結び、命と平和をお与え下さいました。しかしユダは、主  
マラキ書 2章 を裏切り、忌まわしい罪を行ったのです。主は罪の故に裁かれます。  
  「神に仕えることに何の益があろうか」と人は言います。しかし主の  
マラキ書 3章 日、これら高慢な者は藁のように裁きを受けます。主を信じ、仕えよ!